神殿へ
重要施設であるからか、神殿に繋がる桟橋の入口には衛士が立っていた。
「バハムクランから派遣されてきたんだけど…」
バハムクランと名乗れば通すように通告されているはずだ。アルフが証拠の手形を見せる。じろりとそれを見た衛士の女性は怪訝そうに眉を寄せた。
「あんたみたいなおチビさんが海竜王様にお呼ばれされるとはねぇ……」
「あぁ、俺はただの付き添いで…用事はあっち」
どうやら衛士の女性は何やら勘違いをしているようだ。あっち、と言ったアルフは猟矢を指す。猟矢こそがナルド・リヴァイアに招かれた客で、その他ぞろぞろといる4人は付き添いだ。そう説明を受けた衛士の女性は眉間の皺を深くする。
「こんな何の変哲もなさそうなおチビさんが?」
手形を見せた青年以上に覇気がない。見過ごしてしまいそうなほど脆弱そうなこの少年が。
ディーテ大陸がひとつに集まって同盟を組むという話は領主から街民に知らされている。その旗印にあのビルスキールニルの皇女が立ち、さらにはラピス諸島のアブマイリの祭りで選ばれた少年がいるとは聞いている。その旗印がこんな小さな少年だとは。衛士に就いてからそれなりに時間が立ち老練した自分が突けば一撃で倒れそうなこんな少年が。到底信じられるものではない。本当だろうか。我々は何かに担がれているのでは。そんな不安な気持ちさえ起きる。
だが手形は本物だ。ここで少年の資質を疑おうがどうしようが通さなくてはならない。再度手形を検めた衛士の女性は不安を抱えたまま通行の許可を出した。
「ありがとう!」
衛士に礼を言い、猟矢たちは桟橋を歩いて行く。神殿に向かう背中を衛士の彼女が見つめている。その視線を感じながら猟矢は小さく肩を竦めた。
「…俺ってそんなに平凡そうに見える?」
何処に行っても侮りか胡乱な目で見られる。まさかこんな少年が、と誰からもそう感想を抱かれる。
バハムクランというひとつのチーム内で言えば、所属経歴が長く物知りなアルフがリーダー役を務める事が多い。"観測士"というアルフは物事を指揮するのに向いている。
今しがた衛士に手形を見せたように、だいたいのことはアルフが実行しそれに便乗しているかたちだ。それに不満を持ったことはないしむしろ感謝しているくらいだが、こうも軽んじられると自身の立ち位置に不安を覚える。
自分が先頭に立ってチームを引っ張っていった方が"らしく"見えるのだろうか。唸る猟矢にダルシーが肩を叩く。
「…ひとには役割ってものがあるから」
アルフは道を拓く役だ。物事が円滑に進むように計画し手を回す。そこに障害があった時、排除するのはダルシーとバルセナの役割。アッシュヴィトが汽笛を吹き、拓かれた道を走るのが猟矢である。
敷かれたレールを走るといえば聞こえは悪いが、猟矢は車両なのである。車両が運行計画や線路の敷設に手を出さなくてもいい。
「そのポジションにふさわしい実力はあるんだからそう心配しなくてもいいんじゃない?」
侮る人間には侮らせておけばいいのだ。脳ある鷹はなんとやらだ。そうやって侮る人間の前で実力を見せ度肝を抜くのはきっと気持ちが良いだろう。
鷹という言葉に反応したのか、ばたばたと鷹が高度を下げてバルセナの側に寄る。鷹と口にしたが何か用かと言いたげにぐるぐると喉を鳴らした。
「呼んでないから。ハーブロークはあっちに行ってなさい」
何か用があって呼びつけたわけではない。バルセナが手を払う。用事はないのかとあからさまに落ち込んだ様子の鷹は再び高度を上げて飛び立った。上空を旋回しミーニンガルドの地理を把握するためだ。
右目が眼帯に覆われているためか、鷹は常にバルセナの右側を飛ぶ。肩に止まるときも圧倒的に右が多い。そういう気遣いができる程度にあのハーブロークという鷹は賢い。しばらく街の上空に飛ばしておけば道を把握して先導ができる。
哨戒して敵を察知するのもお手の物だ。そのあたりにいる鷹よりも賢い。まるでひとの言葉を理解するように動くのだ。
「頼んだぞー」
地理の把握と敵の警戒のために飛び立った鷹にアルフが手を振った。返事のように鳴き声が返ってきた。本当に賢い。よくできた鷹だ。
「ハーブロークは特別だから」
「へぇ、どう特別ナノ?」
「内緒」
自分で言いかけてその返答。えぇ、とアッシュヴィトが不満を口にした。内緒だと言ってはぐらかすなら最初から言わなければいいのに。気になって仕方ない。
「教えてヨネ」
「そのうちね。…ほら、着くわよ」
桟橋も終わりが近い。打ち寄せる荒波に負けず建つ薄青色の神殿が目の前に迫る。ぼんやりと不思議な力を感じる。おそらく雌竜の鱗による守護の力だろう。
「勝手に入っていいのかな?」
「いいんじゃない?」
門である桟橋は越えてきたわけだし。神殿の扉は猟矢たちを待つように開け放たれている。入り口に領主が立ち待っているという雰囲気はしない。
事前の情報によると、領主ナクアブル・ヤチェはこの時間、神殿で雄竜ナルド・リヴァイアと交感し対話するのが日課だという。領主になってからその習慣は途絶えたことがない。今日もこうして神殿にいる。
来訪くらいは感づいているだろうに、対話を打ち切ってこちらを迎えに来る雰囲気はない。一応歓迎の意味としてか扉は開け放たれているが。
「えぇと……お邪魔します」
どう言って入っていいのやら。猟矢がとりあえず思いついた言葉を述べると、ざぱんとひときわ大きく波が打った。




