支流、分かつ時
会談が終わり、その内容を聞いたアルフは苦々しい顔をした。
「ミーニンガルドにお呼びかぁ…」
俺あんまりあそこ好きじゃないんだよなぁ、とアルフがぼやく。
ミーニンガルドは女ばかりが住む都市だ。為政者も女性だ。住民のほとんどが女性であり、男はほとんどいない。男女の比率が偏りすぎていて男には肩身が狭いところなのだ。
ともかくも猟矢が呼び出された以上、アルフたちも同行せねばならない。バハムクランの活動は5人一組のチーム単位での活動が基本。単独行動はほとんど許されない。猟矢だけぽんと送り出すわけにはいかないのだ。
「あそこはベルベニ族の発祥の地だっけ?」
「そうね。…でもベルベニ族はいないと思うけど」
自由と気まぐれを愛するベルベニ族が一箇所に定住するはずがない。その地に伝わる音楽と踊りの数が他地域に比べて圧倒的に多いから発祥の地ではないかと民族研究家の間で言われている。当のベルベニ族であるバルセナでさえ、その説が本当か定かではない。
あの地を統べるのは猛き海の雄竜ナルド・リヴァイア。海ということは元素は水。仮にあの地がベルベニ族の先祖がの始まりであるとするならば、ベルベニ族の信仰は水の属性になるはずだ。だが、現在のベルベニ族は水を尊ばない。信仰は風の属性だ。
だからその説は違うのではないか、というのがバルセナの論である。音楽と踊りの数が豊富なのはおそらくナルド・リヴァイアが起こす嵐のせいで外出できず、家で過ごすしかなかったから作曲に精を出したのではないかと考えている。
「アッシュヴィト様もそちらに?」
「うん。ボクもあまり行きたくナイケド…」
様々な神に通じるアッシュヴィトが従える神の中には、水の神がいる。海を統べる海竜の上位にあたる存在であり、竜は神に逆らえない。どんな要求でも飲まなければならない。
そんな水神が雄竜に近付くと雌竜が怒るのだ。ちなみに水神は女神である。つまり、雄竜をめぐって雌竜が妬くのだ。女の嫉妬とは恐ろしいもので、普段あれだけ穏やかな海が一気に荒れる。時化の象徴である荒ぶりの雄竜が思わずたじろぐほどの嵐が起きるのだ。
そんなことが起きるので雄竜にはあまり近付きたくはない。目の前で水神を呼び出さなければ起きない事態なので召喚しないよう気をつければいいだけなのだが。ただ、"水神を呼び出せる"というだけで雌竜は面白くないのだろう、アッシュヴィトがいるだけで不機嫌になる。
「御意」
頷いたラクドウはアッシュヴィトの前に跪いた。
"偽りの銀"による支配から解き放たれて数日、今まで有耶無耶にして来たがきちんとここでけじめをつけなければいけない。
今、改めて誓おう。騎士としての忠義を。義臣たる者として。あの日誓った言葉を。今。
「我が天に掲げし雷神の名に於いて」
述べるのはビルスキールニルの騎士の誓約の口上だ。ビルスキールニルを守護する神のうち、自身が信仰する神の名を挙げ、その神の名において忠誠を誓う。
主となる者はそれを聞き届け受領する。受領されれば騎士は主の足先に額づくのだ。
「御前を離れず、召命に背かず、忠義を尽くすと誓約します」
「……許す」
厳かな口調で誓約を受領したアッシュヴィトは、とはいってもネ、と普段通りの口調に戻る。
「ラクドウはビルスキールニルに帰るから"御前を離れず"は正しくナイヨネェ…」
「……そこは言葉の綾ということで」
とても厳かな誓約の直後だというのにこの気の抜けよう。確かにそうではあるのだが。
身分にこだわらず気取らない性格がアッシュヴィトの魅力ではあるのだが、この落差はどうなのか。もう少し余韻というものはないのか。
「ま、イイや。……"ラド"」
ラクドウは空間転移武具"ラド"に適合しなかった。だから操られている間もシャオリーの空間転移武具での移動に便乗していた。
今回はアッシュヴィトの持つ"ラド"でビルスキールニルに送ろう。アッシュヴィトは"ラド"を起動し転移魔法を展開させる。
「またネ、ラクドウ」
「はい。…ご武運を」
きん、と高い音がしてラクドウの姿は転移魔法に飲み込まれていった。
その展開した魔法に用いた魔力の残滓さえ見送ったアッシュヴィトは、サテ、と新たに転移魔法を起動しようとする。
領主の、正確には雄竜ナルド・リヴァイアの呼び出しに応じてミーニンガルドへ旅立たなければいけない。雌竜の悋気を思うと気が重いが、行かないわけにはいかない。"ラド"、ともう一度転移魔法を展開する。
「ボクらを…ミーニンガルドへ!」




