優しさは愚かさ
再び意識を眠りに落としたラクドウを見守るアッシュヴィトの背中に声がかかった。
「身内に甘いのね」
不問とするというくだりしか聞こえず前後はわからないが、よくもまぁ甘いものだとバルセナは思う。
当人同士の問題ならばそれでいいだろう。だが臣下たる国民が王族に剣を向けた無礼に対しての罰を下さなければ皇女としての示しがつかないのではないか。けじめという面でも何かしら罰を与えるべきだ。
「示す国民がいないからネェ……」
故郷の留守を守る2人の生き残りくらいしかいない。その2人とて手元に戻ってきただけで十分と言うだろう。身内に甘いのはビルスキールニルの国民性かもしれない。
それにラクドウなら今頃自らを責め尽くしているだろう。そこに罰を与えるのは追い打ちのようで可哀想だ。そう主張するアッシュヴィトにバルセナは肩を竦める。
甘すぎて逆に残酷だ。主としてきっちり罰を与えればいいのに。罰さなければ彼はいつまでも自分を責め続けるだろう。自分の行いを延々と呪い続けるだろう。
「その手のタイプは拗らせると後が大変よ」
「ナニソレ」
「経験者は語る…ってやつ」
バルセナが持つ唯一の固執。自由と気まぐれを愛するベルベニ族らしからぬものだ。それを失った時の絶望をよく覚えている。忘れたくても忘れられない。
肩に乗った鷹が頬を寄せてくるのを撫でながら、バルセナはそう言った。
それから数日後。
「ラクドウはこの後どうするんだ?」
すっかり元気になったラクドウに猟矢がそう訊ねた。やはり近衛騎士として主であるアッシュヴィトに随伴するのだろうか。問うと彼は緩く首を振った。
「俺では足手まといだろう」
心の弱さにつけこまれ、いいように操られてしまった。自分の無能さに腹が立つ。
このままついて行ったところで事態を繰り返すだけだ。"偽りの銀"そのものは打ち砕かれ失われたが、それと同じような能力を持つ武具はまだ世の中に存在する。それらを使われれば再び主に剣を向けてしまうだろう。
「しばらく故郷に帰るとするさ。…ファスの墓参りもしていない」
「ファス…って、婚約者だっけ?」
「あぁ」
ビルスキールニルに戻り、彼女の弔いをしてやらねばならない。墓前で自らを見つめ直し、鍛え直さねば再び主の隣には立てないだろう。
アッシュヴィトは敵対に対し何ら制裁を設けようとはしなかった。操られてやったことと言って不問にした。罰を与えないし謝罪も受け取らない。詫びる気持ちがあるのならこれからの行動で示せということだ。それならば、それにふさわしくなるまで自らを鍛えよう。いつの日かアッシュヴィトがラクドウの力を必要とした時に馳せ参じられるように。
「それまでアッシュヴィト様を頼む」
見る限り平凡そうな少年だが、その身にはとんでもない力を持っていると聞く。アブマイリの祭りで運命を導く英雄に選ばれたということは聞いている。ディーテ大陸の反パンデモニウム同盟の"力"の旗印に担ぎ上げられたという異世界の少年。
彼、猟矢ならば任せられるだろう。操られていた間の記憶の断片を思い出すに、あのカーディナルとも渡り合った。
その実力ならば大丈夫だろう。頼むと頭を下げたラクドウに猟矢が頷く。その時、こんこんとノックの音が響いた。
「おい、ちょっといいか?」
入ってきたのはアルフだった。ここのところアルフはユグギルら"アトルシャン"の決定をバハムクランに伝達する伝令の役目に奔走していた。
同盟についてきちんと話がまとまり、書面も整った。あとは各都市国家の領主たちがそれに署名をするだけ。その準備として東奔西走している。
「ちょいとラクドウに聞きたいことがあるってんで、よろしく頼む」
というのもパンデモニウムの内情のことだ。操られていた間の記憶があるということは、パンデモニウム内がどんな様子だったのか知っているということ。
"破壊神"とやらの製造状況、攫われたラピス島の巫女の安否、その他人間関係。すべて把握しているわけではないだろうが断片だけでも。請われたラクドウは了承の頷きを返した。
「んじゃ別室に場を設けてあるからそっちで。ついてこいよ」
ついてこいとアルフが手を翻す。別室には同盟に参加する各都市国家の面々と繋がる通信武具が並べてある。ディーテ大陸最大の国家フィントリランド、機工都市ゴルグ、貿易都市エルジュ、ミーニンガルド、クロークヘイズ。それらと繋がる通信武具が並ぶ場にアッシュヴィトとラピス島領主がいる。"アトルシャン"の頭でもあるキロ島領主も通信武具を介して参加する。
何ともそうそうたる面子だ。いってらっしゃいと手を振る猟矢にアルフがきょとんと目を瞬かせる。
「何言ってんだ。サツヤもだよ」
「えぇ?」
同盟の旗印だ。この話し合いの場に参加する権利は十分にある。それに、別の理由としても猟矢には同席してもらいたい。
というのも猟矢は同盟の旗印としているものの、同盟に加わる各地の領主は猟矢を知らない。あのビルスキールニルの皇女が保証するというから従っているだけで。実際に言葉を交わしてみたいとかねてより希望があったのだ。
「まぁ端っこで座ってりゃいいからさ」
今の議題はパンデモニウムの内情であるし、その中心はラクドウである。
各領主への顔見せの役目は後々きちんと課せられる。今回猟矢が向かうのは先触れのようなものだ。
「というわけでふたりともついてこい」




