縛り戒める
「"インフェルノ"!」
アッシュヴィトの声に応えて指輪が石門に形を変える。彼女の背後の中空に巨大な石門が浮かび上がった。
「地を這う生命の大樹、我が声に目覚めん」
魔力が跳ね上がる。風が巻き上がる。緑の紋章が石門に浮かび上がる。門扉の隙間から草木が覗いた。
神を喚ぶ石門だ。喚び出すのは竜族の谷で召喚しそこねたもの。あの時は不測の事態に思わず引っ込めてしまったが、今度は召喚しきる。
「邪気縛り付ける緑樹の母神、眠れる力を地上にもたらせ、"緑樹の母神"ラウフェイ!」
すでに詠唱中に神に意思は伝えてある。どうしてほしいか、どうすればいいか。その意志に従って、出現と同時、緑樹の母神は力を振るう。
「愛おしき我が主よ、仰せのままに」
石門が内部から押し開かれる衝撃に乗じて撒いた種子を一瞬で芽吹かせる。瞬時に成長した芽は蔦となって対象を絡め取る。シャオリーとラクドウの動きをそれで封じる。つもり、だった。
「来ると思ったわ」
シャオリーがくるりと刃を返し、迫る蔦を片っ端から両断していく。断ち損ねたものは割り込んだ大剣が根こそぎ斬った。
カーディナル級、そしてビルスキールニル王族の近衛騎士。この程度の攻撃をさばくなどわけもない。この程度で拘束しようなどとは笑わせてくれる。
「お返し」
まだ手は出しちゃダメよ。そうラクドウに囁いたシャオリーはふっと身をかがめる。その勢いで地を蹴った。シャオリーの姿が視界から消えた。ふわりと猟矢の頬を風が撫でた。
「え…?」
「サツヤ、後ろ!」
それに反応できたのは人ならざる緑樹の母神とこの場を"観測"していたアルフだけだった。一瞬で猟矢の横を駆け抜けたシャオリーは黒く影を帯びる双剣で猟矢の腕と脚を斬る。斬るといってもほんの少し、表皮を撫でた程度のごく浅い傷だ。わずかに血が滲んだ。脚に至ってはただ刃がぶつかった程度。
後ろと言われた猟矢が振り返るより先、シャオリーは再び踏み出す。まるで風のようにダルシーとバルセナの側を通り過ぎ、同じように浅く浅く斬りつけていく。返す刃でアッシュヴィトにも襲いかかる。だが振りかぶった剣はすんでのところで蔦に阻まれる。素早く飛び退ったシャオリーは左手に持っていた双剣の片方を投擲する。剣はアッシュヴィトと緑樹の母神の影が重なる地点に突き刺さる。まるで影を縫い止めるように。右手側の双剣もアルフの足元の影に投げつけ地面に刺す。
この間、わずか数秒。状況を把握する頃にはシャオリーは元いたところに戻っていた。丸腰になったというのに彼女は不敵に口端を上げる。
「"呪縛刀"」
それが彼女の持つ双剣の名だと察する頃にはもう遅い。ぱしん、とシャオリーの魔力が一瞬奔り、その直後。
「なっ…!?」
ぴくりとも手足が動かない。まるで見えない何かで縛り付けられたかのように。どんなに力を入れてもだ。それが先程斬りつけられた傷とそれをなした双剣によるものだと理解するのに時間は要らなかった。
"呪縛刀"。その名の通り斬りつけた箇所を硬直させる。肉体だけでなく影もその対象になる。傷つける行為が行動停止の呪縛のマーキングになるのだ。剣本体を刺せばより呪縛は強くなる。
それでもって相手の行動を縛り、微動だにできないところを斬殺する。よって"呪殺"のシャオリーと呼ばれる。
「やぁ、終わったかい?」
とん、と。その横に降り立った白衣の男。高慢という概念をそのまま人間にしたような男の腰には真っ白な仮面が提げられていた。その腰のベルトに引っ掛けるようにしてぶら下がっているのは手のひらほどもある大きな鉱石だ。その周囲を銀が彩っている。
ぼんやりと光るそれを手に持ち、銀髪の男は恍惚として呟く。
「ふふ…ほら、早くしなよ。殺してご覧。さぁ」
なんという悲劇だろうか。武具によって歪んだ認識のせいで引き起こされるこの事態は。本来仕えるべき主を仇とし、仇を友とするその逆転によって起きるこの状況。なんという喜劇だろうか。
落道の騎士の偽りの復讐が成った時、一瞬正気に返してみたらどうなるだろうか。認知が歪んでいる間の出来事はきちんと覚えている。仕える主をその手で殺したと理解した時に起きる絶望はいかほどのものか。
さぁ早くそれを見せてくれ。"偽りの銀"に口付けを落とし、秩序の筆頭、ネツァーラグ・グラダフィルトは微笑む。
「さて…"リングダガー"」
もうすぐ完成する喜劇の悲劇を前にシャオリーが呟く。その手にナイフが握られた。何の変哲もないただのナイフだ。特殊な能力など備わっていない。だが今はそれだけでいい。動けない人間の急所を刺して貫いて殺すだけならこの程度で。
「邪魔なものから片付けましょうか。ねぇラクドウ?」
「…あぁ」
今まで突っ立って物事を傍観していたラクドウが背中の剣を抜く。厚みのある広刃剣だ。剣というよりはただの鉄塊のような印象を受ける。
それをやけにゆっくりと持ち上げる。動けない猟矢たちに向かって振り下ろさんと構える。まるで断頭台だ。まずは1人、ゴーグルの青年からだ。
神と交感し意思を共有できるアッシュヴィトの強靭な精神では精神洗脳はまず効かないだろう。なので一人ひとり仲間を殺し、その精神の動揺につけいって術を行使する。ラクドウをそうしたように。
「4人足しても俺の絶望には足りないだろうがな」
アッシュヴィトが婚約者を斬殺した絶望に比べれば。歪んだ認知でラクドウは剣を振り下ろした。




