制裁の侵略
その日はとても気持ちのよい快晴だった。
巫女がさらわれるという騒動のせいで中枢はまだごたついているものの、島民たちの生活は落ち着きを取り戻していた。アブマイリの祭りを見ようと訪れた観光客もすでに帰り、ラピス島は普段通りの安穏とした素朴な風景をみせていた。
「えぇと、ノンナのチーズに干し肉と…アズラのジャムと……」
メモと籠の中身を見比べながら買い物を済ませる。不足はないかともう一度籠の中身を確認しようとし、ふとその視界が陰る。
今日は雲一つない快晴のはず。日光を遮るものなど空に浮かぶはずがないのに。不思議に思って頭上を見上げる。
そこにあったものとは。
そこにあったのは絶望の光景。いやに光る太陽だけが残酷に地上を照らしていた。
世界が壊れた。そう少女は思った。つい数分前まで抱えていた買い物籠など放り出して、瓦礫と化した通りを走る。見慣れているはずの大通りはひどく凄惨な光景となってしまった。
母親らしき女性が子供ようなものを抱えて慟哭している。男性が恋人の名を叫びながら瓦礫をほじくり返している。おとうさんをたすけて、と泣く少年の目の前には下半身が消失した男性だったもの。ちぎれ飛んだ自らの腕を探し、半笑いを浮かべて放浪する青年。
それらを横目に少女は逃げる。追いつかれたら殺されてしまう。死にたくないと心が軋む。悲鳴と断末魔を背に少女は走る。死にたくない。死にたくない。少女はひたすらに大地を蹴った。
角を曲がる。配達業を生業とする青年の死体がそこにあった。転移武具を使い、遠隔地に一瞬で荷物を配達する仕事をしていると言っていた。その死体を漁る。彼なら持っているはずだ。
「あった…!」
逃げる。逃げるのだ。この虐殺と破壊の島から。何処でもいい。安全なところに。死にたくない。殺されたくない。死にたくない。
力が欲しい。誰に殺されることのない力が欲しい。誰にも害されない絶対の安全を保証する力が欲しい。
「お願い……!!」
少女は武具を起動した。
緊急の伝令が届けられた。各島や各国、都市国家の領主同士が互いに連絡を取り合うための通信用の武具にだ。
ラピス諸島全域にパンデモニウムが出現、と。時を同じくして、"アトルシャン"の連絡網より通信が入る。内容は同じだった。
「状況は?」
「ラピスの自衛戦力が各地に展開、迎撃しているそうな」
それと並行して、バハムクランにラピス諸島の領主から連絡が入ったとユグギルが告げる。アブマイリの祭りの騒動の際にアルフが領主に渡していた、バハムクラン頭目直通の通信用武具だ。ユグギルに直通するそれでもって連絡をしてきたということは、我々に助力を請うということだ。
もちろん断る理由などない。ユグギルは頷きバハムクラン各位に通達する。
「バハムクラン各位に通達。ディベルカ隊、リノ隊、ルテチア隊はラピス諸島へ」
このタイミングでパンデモニウムがラピス諸島に現れたのはおそらく巫女への見せしめだ。パンデモニウムに抵抗すれば人質が死ぬと。
つまりそれは、まだ巫女はパンデモニウムの手に落ちていない。囚われの身でありながらも抵抗しているということだ。
それを受けてラピス諸島は腹を決めたようだ。本人が抵抗しているのに人質が諦めてどうすると。徹底抗戦し巫女を奪還する。そのために反パンデモニウム組織"アトルシャン"と結託すると。
「ボクらも行くヨ!」
通信では大剣を振るう黒衣の青年もいるそうだ。その横には双剣を振るう女もいる。間違いない。ラクドウとシャオリーだ。その二人がいるというのにここで指をくわえて見ているわけにはいかない。
アッシュヴィトが"ラド"に手を伸ばす。報せを聞いてすでに全員集まっている。自分たちもラピス諸島に乗り込んで迎撃に参加しなければ。
「"不滅の島"の皇女殿下、どうかご無事で」
キロ島の領主がそっと頭を下げた。まだ"アトルシャン"本体は影に伏せておく時だ。ラピス諸島に出向くのはバハムクランという一介のクランだけ。キロ島としては何もできない。見送るしかない。
「アリガト。…"ラド"!」
そこにあったのは絶望の光景。いやに光る太陽だけが残酷に地上を照らしていた。
母親らしき女性が子供ようなものを抱えて息絶えている。ほじくり返した瓦礫の中から黒く煤けた人間のようなものを見つけて絶叫している男性。頬に涙のあとが残る少年の死体の側に下半身が消失した男性だったものが横たわっている。不気味な笑みを浮かべたまま事切れている隻腕の青年。
各所に突き立てられているのは黒く塗られた骨格だけの鳥の旗だ。パンデモニウムの刻印だ。この虐殺と破壊をなしたのは我々だと示すもの。
その虐殺と破壊の中心地。アブマイリの祭りが行われた祭事広場。そこに立つ双剣の女の姿を見、アッシュヴィトは左手の指輪を手から引き抜いた。
「"インフェルノ"!」




