不朽の魔女
「…まだ決心はつかないのか、ヴェイン・ラピス・サイト?」
「っ、アークウィッチ……!」
部屋に入ってきた彼女の姿を見、ヴェインはぎりりと歯噛みした。パンデモニウム第2位。アークウィッチの称号を持つ深淵の魔女。闇に溶けるような黒いコートを羽織った銀髪の女王だ。赤い瞳が無感情にヴェインを見据えた。
決心というのはパンデモニウムに膝を折り、あの"破壊神"を制御する武具を作成することだ。それをするための魔術式を構成するための知識をヴェインはすでに持っている。あとはヴェインの意思次第なのだ。
"偽りの銀"なり何なり、強引に洗脳してそれをさせることもできる。だが魔術式の構成には緻密な知識が必要だ。その構成の作業に洗脳の影響がどう出るかわからない。だから強引な手段は見送られている。
まだ肝心の"破壊神"さえままならぬ状況。先に首輪を作ったところでその輪に首がうまくはまる訳ではない。"破壊神"ができてから首輪を作り始めていいくらいだ。だから強引な手段は見送られている。
徐々に抵抗の意思を折り、跪くよう仕向けるくらいのぬるさで容赦されている。それはヴェイン本人も理解している。比較的自由な今のうちにどうにか抵抗できないか画策しているようだ。
「私はあなた達の言うことなど聞きはしないわ!」
「知っている」
そんな問答をしに来たわけではない。無感情に返した魔女はヴェインが軟禁されている部屋の机に銀で縁取られた水晶玉を置いた。遠くの風景を投影し、見せるための武具だ。
これでもって世界の状況を見せ、絶望させ心を折る魂胆なのだろう。そんな手には乗らない。絶望してなるものか。鋭く睨みつけたヴェインは自身の魔力を起動する。軟禁されている間に仕込んだものだ。
こっそり掠め取ったテーブルナイフで机の天板の裏側に魔術式を刻み込んだ。魔力と魔術式を仲介する魔銀はなくとも、一撃打ち込むくらいならできるはずだ。
「これが私の答えよ!」
それは神の怒りと罵りとされるもの。神が人間に下賜した世界を穢す愚か者に下す罰。
雷が、落ちた。
パンデモニウム拠点に落ちた雷は拠点を揺らした。まるで地響きのようだった、とそこにいた者はそう回顧するだろう。
神の裁きを体現したかのような太い稲妻は術者の望みどおり力を行使した。机の天板の裏側に刻んだ魔術式は描かれた通りに魔術を起動させた。雷光は対象を容赦なく焼いた。雷撃を受け、ぐずぐずと崩れていく魔女の身体。かつん、と彼女が装備していたのだろう武具が落ちた。
これでパンデモニウム第2位の深淵の魔女は死んだ。たとえこの後に何があっても、第2位を排除したということは大いに戦力の削減になったはずだ。
「はぁ…っ、はぁ…」
魔銀を介さない魔法の起動にはそれなりに負担がかかる。扱うのならばまず考慮すべき事項である、武具と魔力の相性さえ無視して起動した。相性や適正を無視してこれだけの威力を出したのはひとえにヴェインがラピス島の巫女だからだろう。
落雷の轟音を聞き、駆けつけてくる足音がある。パンデモニウムの誰かだろう。扉が開いた瞬間に一撃を浴びせ、そしてこの部屋から脱出する。そしてこの拠点から脱走してやるのだ。
扉が開く瞬間を身構えて待つ。駆け寄ってきた足音が扉の向こう側で止まった。解錠している。
「いったい、何の……」
ばたん。扉が開いた。そしてその瞬間。
「ぁ……っ…」
駆け込んできた白装束の白仮面の男はその場に崩れ落ちる。ひとりでに。ヴェインが雷の魔術式を起動させるまでもなく。
がくりとくずおれた身体がぼろぼろと崩れていく。光の粒子になって融解していく。空気中に散ったそばから収束してひとつの形をなす。床に落ちていた武具を中心に、胸、腹、首、頭、手足と再形成され、衣服までも構成される。
「……それが貴殿の答えか」
今しがた落雷によって死んだはずの深淵の魔女の姿に。
感情のない赤い瞳が先程と変わらずヴェインを見据えている。
「なん……」
「悪いが不死でな」
とある武具によってそれをなした。だから"深淵の魔女"などと呼ばれるのだ。死んだ時、周囲にいる者の命を奪って蘇生する。失われた肉体を再び構築する。衣服はついでだ。
他者の命というストックさえあれば無限に生きられる。他者の命を貪れる限り永遠に。どこぞの火の神の怒りに触れた泡沫の名を持つそれを彼女は心臓に埋め込んでいる。故に第2位に叙されている。
「こんなこと…」
死者の蘇生。不死。あまりにも世の理に反している。愕然とヴェインは呟いた。ラピス島より西にあるキロ島の火の神の怒りと罰の話は聞いたことがある。まさかそれがこんなものだったなんて。火の神が怒るわけだ。
驚愕のあまり硬直するヴェインを冷淡に見やった深淵の魔女は、くるりと踵を返す。
「了とした。ならば、我々の返答をよこそう」
制裁という名の返答を。




