万魔の巣窟
「やぁ、"呪殺"。調子は?」
「悪くないわ」
巫女との対談を終えて部屋を出たシャオリーにそっと声がかかった。声をかけてきた者が着ている真っ白なローブはオーダー階級の証。秩序を象徴する聖の力を模したものだ。
秩序の番人である彼らはパンデモニウム内でも絶大な権力を誇る。パンデモニウムの意に反し秩序を乱すと判断されればカーディナル級でも処断する。その際に事情は斟酌されない。被害者も加害者も等しく裁く。そのため逆恨みを買うことも多い。
オーダーの役割にある者は普段、通常の団員と同じく活動する。どの階級にも潜伏し監視する。オーダーの役割を行使する際には統一された衣装と仮面をかぶる。衣装をまとうまで誰がオーダー級かはわかりはしない。
だが、彼だけはそれをしない。秩序の筆頭である彼は堂々と白の衣装を着る。仮面だって無造作に腰に紐で吊り下げている。影に潜むオーダーたちの中で唯一姿を見せている。それは自信があるからだ。オーダーの裁きに不満を抱き刃を向ける者たちを正々堂々返り討ちにできる実力と自負がある。
「容態は安定している? "偽りの銀"は必要かい?」
「大丈夫よ。今のところね」
精神侵食武具"偽りの銀"。秩序の筆頭である彼しか扱えないものだ。対象の記憶を歪め認識を書き換える。長年仕えた主人を敵に、憎い仇を友にすら書き換える。これでもって落道の騎士を手中に収めた。世界を支配するための布石として捕らえたのだ。
ビルスキールニルの力は計り知れない。すべての武具の始祖、魔術というものの生みの親。その力を受け継ぐ民。個々が一騎当千の力を持つ。それを手に入れたのはとても大きい。
「捕まえるのに苦労したんだ。丁寧に扱っておくれよ」
「わかってるわよ」
5年前、ビルスキールニルを踏みにじり蹂躙することがパンデモニウムの初の活動であった。あの"不滅の島"と呼ばれるビルスキールニルが滅んだという衝撃は世界を震撼させた。それ以来、パンデモニウムは世界を恐怖で支配している。
本拠地がある北のシャロー大陸はもとより、西のベルミア大陸はすでに陥落した。弱小な島国も膝を折りつつある。残すはディーテ大陸のみだった。このまま支配しきれるかと思いきや、ビルスキールニルの生き残りの皇女のせいでそれもままならない。早々に皇女を殺し邪魔者を排斥せねば。あとは皇女さえ殺せばすべての希望が断たれる。パンデモニウムに逆らえる人間はいなくなる。
「君の捕縛案はうまくいっていないみたいだしね」
「えぇ、腹立たしいことにね」
ビルスキールニルの騎士を"偽りの銀"で我が物とできた。それならば皇女も同じように駒にできるのではないかというのがシャオリーの意見だった。滅ぼすのはもったいない。首輪をつけて飼い慣らしてしまえばいい。
その提案、できるものならやってみろとディーテ大陸に送り込まれたわけだが。事あるごとに撤退している。殺害も捕縛もうまくいかない。
「ネツァーラグ。前線に出てきてもらえない?」
「僕が?」
ある程度痛めつけてから"偽りの銀"で認知を歪めてしまおうと思っていたが、そんな悠長な作戦はやめた。捕縛してから認知を歪め首輪をつけるのではなく、最初に首輪を強引につけてしまえばいい。首に縄さえかけることができればあとは絞めるも手綱とするもの思いのまま。
「構わないよ」
別に他者と刃を交えられる程度の力はある。それは結構。だが忘れてはいないだろうか。武具破壊というものの存在を。
"偽りの銀"が破壊されれば、ビルスキールニルの皇女に首輪をつけるどころか、あの落道の騎士にかけた認知の歪みも正される。ちなみに、認識を書き換えられていた間のことは覚えている。洗脳が解けた場合、あの騎士は今までの礼とばかりにこちらに容赦なく剣を向けてくるだろう。
初手で"偽りの銀"を仕掛け、意識を書き換えこちらのものとできるかという不確定要素、そして武具破壊という危険性。危険極まりない。だがもしこちらのものとできればメリットは非常に大きい。リスクも多いがリターンも多い。
「邪魔なものは初撃で縛るわ」
"呪殺"と呼ばれるその意味を教えてやろう。腰に差した双剣が明かりを受けてきらめいた。
ビルスキールニルの皇女は同郷の騎士を殺せない。必ず戸惑いが生まれ手が止まる。その隙を突いてしまえばいい。
何人か余計なものもいるが、それらも同様だ。個々で対処していけばいい。ひとつ気になるのは他者と雰囲気の違う少年だが、たかが少年。斬り伏せれば問題ないだろう。
「1対1になれば"偽りの銀"も使えるでしょう?」
「仰せのままに」




