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カミサマが助けてくれないので復讐します  作者: つくたん
不滅の島ビルスキールニル
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雌伏の竜

堅牢なる怠惰の大地ドラヴァキア。赤茶けた土と岩が形成する山脈はディーテ大陸の南東の一地方を占める。

そこに住んでいた竜族はもはや、彼女1人しか存在しない。あとは皆死に、この山に眠っている。自分もやがて同族と同じところに逝くのだろうか。

「シルヴィール、久し振りね」

その思惟に割り込む声に振り返る。振り返れば、パンデモニウムがいた。彼女には見覚えがある。このディーテ大陸の支配を任されたカーディナル級の女だ。"呪殺"の名を持つ狂信者。名前は、確かそう。

「シャオリー」

何かここを訪ねることがあったか。怪訝そうに眉をひそめて竜族最後のひとりであるシルヴィールは問う。竜族とパンデモニウムの間に交わされた不可侵条約はまだ有効のはずだ。破っても破られてもいない。訪ねてくる用があるといえばあの貿易都市に拠点を置く反パンデモニウム組織からの連絡だが、それだろうか。不可侵条約を捨てこちらに味方しないかという打診だ。

「あれなら断ったが」

竜族が信仰する大地は堅牢さを象徴する反面、怠惰の面を持つ。それを示すように申し出を断った。世界に何が起きようとも竜族は一切関知しないと。ばっさりと切り捨てた。

それはパンデモニウムに対しても同じだ。竜族はパンデモニウムに何もしない。故にパンデモニウムも竜族に何もするな。それが不可侵条約の内容だ。だからパンデモニウムが訪ねるなどあってはならない。不可侵を侵すな、と敵意に満ちた目で見る。

「いえ、それで結構よ」

何もしない。何も。怠惰を象徴する大地のように。愛おしき大地が汚されない限り何もしない。それで結構だ。条約はしっかりと遵守しているようだ。それを確認したかった。

「覚えておきなさい。あなたが…竜族が何処の勢力にも味方しないからこその不可侵だっていうことを」

敵にも味方にもならないから放っておいてくれ。麓くらいなら好きにして構わないから。それが不可侵条約を結んだ時の竜族の言い分だ。そのスタンスを崩した瞬間に不可侵条約は反故となり、パンデモニウムは竜族を絶滅させる。

「わかっているさ」

誰にも味方しない。誰の敵にもならない。だからパンデモニウムに膝を折ることもその反抗勢力に協力することも断った。それを破るつもりはない。

「それならいいわ。それを確認したかったの。用事はそれだけ」

突然の訪問ごめんなさい、とシャオリーが頭を下げた。きっちりと線引きを確認しておきたかっただけで、竜族にもドラヴァキア山脈にも何も用はない。必要なことは確認し終えたのでもうこの土地に用はない。用事が済んだので早々に退散するとしよう。

"ラド"を起動し何処かへ転移していくシャオリーを見送り、シルヴィールは呟いた。これでよかったのだろうか、と。

良くも悪くも世界は動いている。色々な勢力が様々な思惑で動いている。なのに、竜族はこのまま取り残されていいのだろうか。怠惰の殻を捨てるべきではないのだろうか。こんな容易に穴が空くような弱々しい不可侵条約で安全を確保した気になってよいのだろうか。こんなものが安全の保障でよいのだろうか。

本当の安息のために、この身を起こすべきではないだろうか。我々が愛する大地が侵されないために戦うべきではないのか。

「どうすればいいのだろうか…お答えください、偉大なるドラヴァキアよ…」

堅牢なる怠惰の大地からの返答はなかった。


「ただいま」

ドラヴァキア山脈より少し離れたニルド森林の山小屋。シャオリーが転移したのはそこだった。ここからなら姿を隠しつつ砦とドラヴァキア山の動向が伺える。

「…もういいのか」

「えぇ、もう十分よ」

山小屋で火の番をしていたラクドウに頷く。記憶を歪める武具"偽りの銀"の効果は比較的落ち着いているようだ。洗脳は強固に施された。本来の主人を見ても揺らぐことはないだろう。

「まだ様子見で十分みたい。動きがあるようなら注視していきましょう」


皇女と聞いてもユグギルはあまり動じなかった。ビルスキールニルの皇女ではなく1人の人間としてバハムクランに受け入れたのだからと態度を変えもしなかった。もし変えたとしてもアッシュヴィトは断っただろうが。皇女である前に1人の人間だ。それでいい。

「さて、アッシュヴィト。お主を見込んで頼みがあるのだが」

「ナニ?」

不在の間の情報交換も済んだ頃、ユグギルが口を開いた。のんびりとした雑談の雰囲気から一転した態度にアッシュヴィトも身構える。これは重要な役割を頼まれそうな気がする。

「竜族の谷に行ってほしいのだ」

パンデモニウムの砦が落ち、ディーテ大陸へのパンデモニウムの影響が弱まったことをきっかけに同盟を組まないかと竜族に打診している。だが、先日送った使者はにべもなく追い返されてしまった。それならば、あのビルスキールニルの皇女であるアッシュヴィトが申し出ればどうだろうか。聖地である谷から出ることは滅多にない竜族でもさすがにビルスキールニルの名くらいは知っているだろう。その皇女が誘えば少しは心を動かされるのではないだろうか。

竜族が恐れているのは聖地である谷の侵略と一族の絶滅。すでに残るは生き残り1人のみ。単独では守りきれないからパンデモニウムとの不可侵条約を結んでいる。1人ではそれが精一杯だからだ。力が足りなくて守れないのならばそれを我々が保護すればいい。その力が我々にはあると証明するため、アッシュヴィトがビルスキールニルの皇女として訪問してほしい。ビルスキールニルがついていると知れば同盟を受け入れるのではないだろうか。

「まぁ…そういうコトなら…」

引き受けるが、できる気はしない。竜族の性情くらいは知っている。ドラヴァキアに抱えられ、その中で生を営む民族だ。ドラヴァキアの外には関知したがらない。その門戸を開いて同盟を、というわけにはなかなかいかないだろう。

「いけるカナァ…」

どうやって交渉しようか。うーんとアッシュヴィトが唸り始めた。

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