神を超えし
この武具は、すべての因果を叩き壊す。その書き出しで書状は始まっていた。
すべての因果を叩き壊す。文字通り、力ずくで。これに込められし魔術は"限界を超える力"だ。
それを決めるのは神か運命か。ともかく、ひとにはあらかじめ定められた限界がある。どうあっても限界以上の力は出せない。必ず何処かで出力に歯止めがかかる。コップにはコップ1杯ぶんの水しか入らないように。
その限界を解除し制限を取り払うのがこの武具だ。超越した限界はコップに無限の水を納められるようにさせる。出力を大いに引き上げる。際限なくだ。
「…つまり、チート?」
ゲームで、本来とは異なる動作をさせる行為がある。キャラクターの能力値を異常に引き上げて強敵を一瞬で倒すだとか、そういったことができるものだ、と猟矢は認識している。猟矢は使ったことがないので細かいことは知らないが。
要は能力を高めさせる武具、ということでいいのだろうか。書状を読む限りではそう読み取れる。自分なりに解釈しながら読み進めていく。ふと2枚目があることに気付く。
「…平たく言うと、魔力を跳ね上げさせてどんな武具でも起動できるようにさせる、ということだ……ダッテ」
2枚目にはそれだけが書かれていた。複雑な説明では理解できなかった時のために一言で理解できるようにとの配慮だろう。なんとまぁ気の回る。おかげで理解ができた。
つまりこれは補助用の武具なのだ。武器に変じたり神を召喚したりだとか、そういった武具とは違う。武具の威力を高めたり能力強化を目的とした補助具だ。そういった武具も世の中には存在している。
これもそうなのだろう。問題は、限界を超越して魔力を跳ね上げさせる振れ幅が異常だということだ。故にすべての因果を叩き壊すと評したのだろう。何ものをも超越した力は文字通り力ずくですべてをねじ伏せる。ままならないことなど何一つないだろう。
「そういえばダルシーが言ってたな」
アッシュヴィトが神殿に行ってしまった後のことだ。残された面子で他愛もない雑談をしていた時のこと。
アブマイリの祭りの話になり、その流れでこの武具の話になった。いったいどういう能力を秘めているのか予想を立てあったのだ。
その時ダルシーは言葉少なに警告を発していた。あれは危険だと思う、と。精霊というものを神聖視するアレイヴ族の本能が警告していると訴えてきたという。
その時はまさかと思ったが、今思えば、それは間違いなかったということだ。
「用事は終わった?」
書状を読み終えた頃を見計らって、店主がそっと声をかけてきた。その手には重箱が提げられていた。漆を塗り込めたように黒い重箱には持ち運びがしやすいよう取っ手が付けられており、そこに鐘が結わえつけられている。
彼女はその箱を机の上に置き、封として結ばれていた朱と紺の紐を解く。蓋を開けると、そこにはずらりと小瓶が並んでいた。その中から、彼女はひとつの小瓶を取り出した。一見何も入っていないように見える。だがきらきらと輝く不思議な気体が詰められていた。その小瓶を猟矢に渡す。
「…これは?」
「さぁ、何かしら?」
というのも、これは持ち主によって中身を変える薬だ。水蒸気が冷やされ水になるように、持ち主の魔力によって瓶の中身の気体は液体に変化する。それが毒であるか薬であるかは用いた魔力次第。どういう毒になるか薬になるかも魔力次第。変幻自在、千差万別の小瓶だ。
「おや珍しい。キミがそんなコトするなんて」
「面白そうな運命だから一枚噛んでみたくなっただけよ」
なにせこの世界のものではない特殊な魔力を感じる。ひと目で猟矢を異世界の人間だと看破した彼女は微笑む。異世界の人間がいったいどういう効果のものを作り上げるのか見てみたい。単純な好奇心で小瓶を渡した。
「サツヤをカワイソウな目に遭わせるのはやめてよネ」
アッシュヴィトが釘を刺す。"蛇の魔女"と呼ばれる彼女は悲惨な運命を好む。悲嘆に暮れる人間を見たいがためにわざと仕組むこともある。それに組み込まれたのではと警戒をみせるアッシュヴィトに彼女は肩を竦める。
「大丈夫よ。小瓶はただの実験」
この店に客として来るのならば悲惨な運命を仕組んだかもしれないが。数少ない知人の知人なので手は出さないでおく。そう答えた彼女はゆったりとソファに座る。
「そういえばこの店が何か話してなかったかしら。この店はね、願いを叶えると評判の薬店なのよ」
どんな願いでも叶える。実力が拮抗した相手に圧倒的な差をつけて勝利するための力を授けたり、記憶喪失の恋人の記憶を取り戻すようにしたり。不可能さえも可能にする。
強力な武具に適合できない、脆弱な力しか持たない者に味方するための店だ。無力故に望みを果たせない者に代わって願いを代行する。
「もし何か叶えたい願いがあるならばいつでもおいでなさい」
叶えてやろう。何でもだ。そう言う彼女にアッシュヴィトは嘆息する。
「やめておいた方がイイヨ」
知人の知人なので手は出さないでおくと言っておきながらしれっと誘惑するのだから困る。油断も隙もない。
彼女の作る薬は願いを何でも叶える。だがその代償はえげつない。悲嘆と絶望に満ちている。だからやめておいた方がいい。願いのために何を失うことになるやら。
「何でもかんでもうまくいくような、そんなできた話はないってことだな」
"帰りの輪"の保障として付与された能力も願いを叶えるというこの店も、最終的には自分につけが回ってくる。結局は自分の努力で何とかするしかないのだ。
「さぁて、んじゃ帰ろうぜ」




