神の如き力を手にし
「オハナシはコレでオシマイ…なんともカナシイオハナシだネェ…」
そして今日に至る。結局神は最後まで救済をもたらさなかった。信じれば救われるというが、足元を掬われただけだ。民の祈りも虚しくすべては無に帰した。
いつまで経っても神が助けてくれなかったのでアッシュヴィトは復讐の道に走った。神が助けないのなら自分で救済する。自らの気持ちを救済するために剣を取った。
パンデモニウムを討伐し仇を討つのが残された皇女としての役目だ。たとえ後に何も残らない不毛なものであったとしても、国を率いる皇族の末裔として仇を討たなければ死した者たちに顔向けができない。
そう語るアッシュヴィトの姿をバルセナはふっと鼻で笑った。
「死者を言い訳にただ復讐したいだけでしょうに」
「…そうダヨ。文句ある?」
死者の魂は復讐を望まないという綺麗事がある。だがアッシュヴィトにはそんな言葉など意味はない。ただ、パンデモニウムを殺さなければ気持ちがおさまらないというだけだ。死者が復讐を望もうが望まなかろうがどうでもいい。自分の気持ちがすくために殺す。
「いいえ、別に。…私も似たようなものだわ」
風のように奔放に、ひとつのものに固執しないベルベニ族。そうでありながらパンデモニウムに執着するだけの感情がバルセナにはある。だからアッシュヴィトの復讐心はよくわかる。肩の鷹を撫でながらバルセナが答えた。
「さ、カナシイハナシはココマデ! というコトで、チョット行ってくるネ!」
「え…? ちょっと、行くってどこへ?」
さっきまでの暗い声音を吹き飛ばすようにあえて明るい声を出すアッシュヴィトが席を立つ。行くというがいったい何処へ。その口ぶりからして1人で何処かに行くようだが、いったい何処へ向かう気なのだろうか。
「カミサマに会いに」
神は助けてくれなかった。上を向き呆けたように口を開け、空気を求める魚のように救済を待つのは飽きた。そうしていても神は助けてくれない。だから助けさせることにした。神を使役し救済を果たすことにした。その道具が"インフェルノ"という指輪だ。神を召喚する石門を呼び出すその指輪でもって神を使役する。
そのためには神とのより深い交感が必要だ。今の状態では望みは果たせない。パンデモニウムに対抗するどころか、攫われた親友も記憶を歪められた幼馴染の騎士も助け出せない。
そう思ってユグギルに休暇を申し出たわけである。交感自体は1日もあれば済む。交感のための精神負荷の回復にかかる時間は必要だろうがそれは日々の雑用をこなしていればいずれ回復するだろう、
「そういうワケで、神殿に行ってくるネ!」
「あ、ちょっ、おい!」
言うが早いかアッシュヴィトはその場を立つ。歓談室を出た足音が遠く離れていく。
まったくアッシュヴィトは。思い立ったら即行動。後先を考えない。一同が肩を竦めるとイルートがやや困ったような微笑みを浮かべていた。どうやら昔からの性情らしい。
「アッシュヴィト様はあのようにおっしゃっていましたが…」
ぽつりとイルートが呟く。ああいう風に明るく振る舞ってはいるが、内心には恐ろしい復讐心を抱えている。それこそ身を焼くような。血反吐を吐きながら復讐という砂の山でもがいている。
国を守れない無力を呪い、幼馴染を守れない無力を呪い、親友を攫われた無力を呪い、押し潰されそうになりながら足掻いている。
「だからどうか、支えてあげてくださいませ」
夜。あてがわれた客間のベッドで猟矢は悩んでいた。
自分には物事を"キャンセル"する力がある。事象を否定してなかったことにする能力だ。この世界に召喚された際に保障として与えられた特殊な能力で、武具や魔術とは違うものだ。
この能力でもって、あのラピス島の巫女がパンデモニウムに攫われた出来事を"キャンセル"してなかったことにできないだろうか。そうすれば誘拐された出来事はなかったことになり巫女は戻ってこれるのではないだろうか。
それは無理があるだろうか。それならばあの騎士の歪められた認知を"キャンセル"すれば。歪められた認知は取り除かれて正常に戻るのでは。
そんなことをひとり悶々と考えていた。"帰りの輪"と呼ばれる腕輪を見つめて、じっと悩んでいる。保障によって与えられたこの能力は一体どこまで有効なのか。
「やぁやぁお困りかい!」
不意に、おどけた声が聞こえた。これは過去に聞いた覚えがある。"歩み始める者"を手に入れる際に聞いた。"帰りの輪"の適用者にしか聞こえない謎の声だ。
「保障の話を詳しく聞きたい。そんな顔をしているね! いいとも、答えよう!」
そう言って、道化のような声は保障について説明を始めた。
まずひとつ。特に重要なものではないので、導入として最初に話しておく。言語の自動翻訳だ。あくまで話す言葉だけが自動で翻訳され、書いた文字は翻訳されない。ものや出来事の名前も、猟矢がいた世界と同一のものがあればそれに訳される。
「赤くて丸い果物のことを"Apple"でも"Apfel"でも"la pomme"でもなく"りんご"とするようにね!」
猟矢がいた世界にないもの、例えばノンナやアズラの木といったもの。そういったように、猟矢がいた世界に存在せず、訳語がないものだけはそのまま出力される。
「さて、それじゃぁ次の説明だ!」
これが主題だ。よく聞いてくれと声が説明を始める。
その能力とは、すべての事象を"キャンセル"してなかったことにする力だ。これは猟矢が認識している通りだ。以前"歩み始める者"を手に入れる際には、武具の支払いを"キャンセル"して打ち消して手に入れた。
「これには制限があってね」
1日ひとつだけ。この制限の持ち越しはできない。3日使わなかったからといって3つ"キャンセル"できるわけではない。同じように前借りもできない。
そして、打ち消す事象は後で必ず返ってくる。運命は必ず回ってくるのだ。
"歩み始める者"の支払いを打ち消して無料で手に入れたその後、バハムクランへの加入に大金が必要になったように。打ち消した支払いとクランへの加入の支払いは同額だった。結局"5万ルーギ支払う"という運命は回避できない。誰に何処で払うかの過程が少し変わっただけで結果は絶対に覆せない。
そして、一度打ち消したものは二度"キャンセル"できない。"歩み始める者"の支払いを拒否した代わりであるバハムクランへの支払いは拒否できない。つまりひとつの結果を拒否し続け永遠に先送りすることはできないのだ。
「…つまり、巫女の誘拐という事実も、記憶を歪められたということも、なかったことにできるけど…」
「同じ運命がまた回ってくるということさ!」
アブマイリの祭りでの誘拐がなかったことになるだけで、"巫女がパンデモニウムに誘拐される"という運命は回避できない。後日また別のタイミングで誘拐される。同じように、歪められた記憶をなかったことにして本来あるべき姿にしても、やはり。
「よーく覚えておくといい!」
それでも今使うというならば構わない。使うがいい。そう言う声に首を振った。
使う気にはなれなかった。




