不滅の縁
「…そうですか…。ラクドウ殿は…」
すべての経緯を聞いたイルートはあまりの悲痛な出来事に目を伏せた。神はなんと皮肉なことをしてくれたのだろう。守るべき相手を敵とし、敵を守るべき相手と歪めてしまうなど。
それをなしたパンデモニウムに怒りが湧いてくる。しかしそれ以上に悲しみに沈む。神は越えられる試練しか課さないといわれるが、それにしてはなんとも過酷な運命を課すのだろう。
「ちょっと聞きたいんだが」
話のわかる者だけで完結しないでほしい。アルフが片手を挙げた。いったい話はどうなっているのだ。
以前話をした時には、ラクドウという男はアッシュヴィトの大事な親友という話であった。だがイルートやバッシュの口ぶりからして親友というほど気安い関係ではなさそうであった。親友という位置の前に何か大事な前提があるような話し方だ。
「あぁ…うん、ソウダネ…改めて話しておくべきだったネ」
あの時は皇女であることを黙っているために話をだいぶぼかしていた。皇女だということをばらしてしまったのだから包み隠さず伝えるべきだろう。
今更隠し立てする話ではない。そもそも皇女であること自体隠す理由などなかったのだ。ただほんの少しの悪戯心で伏せただけで。隠す必要もないので構わないだろう。
少し長い話になるからゆっくり聞いてくれ、と前置きし、イルートに茶を淹れさせ、一息ついたところで改めて口を開いた。
「あのヒトは…ラクドウはボクの近衛だったんだ」
近衛とは、皇族の護衛の騎士のことだ。バッシュは国を守る騎士だが、彼は皇族の護衛の騎士だった。
彼の役割はアッシュヴィト個人を守ることだ。近衛の家系に生まれた彼は、幼少の頃からアッシュヴィトの護衛として従者を務めていた。まだ幼く自覚が薄かった頃は兄代わりとして遊び相手になっていた。
以前の話の時には、その頃を指して親友と形容したのだ。今もそれは変わりない。従者である前に親友だ。
「それで、あいつが言っていたファスってのは?」
じっとバルセナの右肩で大人しくしている鷹を撫でながらバルセナが問う。成程、子供の頃からの付き合いであるからこそ、アッシュヴィトは彼への攻撃に躊躇したのか。
身分を越えるほどの仲の良い相手が憎悪をたぎらせて剣を向けてくるというのは、やりにくいことこの上ないだろう。しかも、何か事件があったわけではなく、歪められた認識での仕組まれたものであるならば。
「ファス…ファイノレート・ビレイスは文官長で…ラクドウの婚約者だったノ」
国を守るのは武官兵、皇族を守るのは近衛兵。神に仕えるのは神官であり、民に尽くすのは文官だ。その文官たちを取りまとめる長がファイノレート・ビレイスという女性だった。
アッシュヴィトの乳母の娘であった彼女は、ラクドウと同じようにアッシュヴィトの従者として育てられてきた。ラクドウがアッシュヴィトの兄であるなら、彼女は姉だ。皇族と従者という身分がなければ幼馴染という関係にあたる。
幼い頃から3人で遊んできた。成長し、身分に則った進路に進んでも絆は変わらなかった。ファイノレートがラクドウの背中を見つめる視線に色恋が乗っても。ラクドウが無意識にファイノレートのことをやたら気にかけるようになっても。それに気が付いたアッシュヴィトがお膳立てしてふたりを恋仲に落としてもだ。
いつ婚約するのかと周囲がやきもきする中、ゆっくりと愛を育んで結ばれた。そして、その直後に。
「30年の絆がパンデモニウムに壊されちゃった。ジョーダンじゃナイよ」
「…30年?」
話の腰を折って悪いが、30年とは。きょとんと猟矢が目を瞬かせる。
今から話すのはアッシュヴィトと、ラクドウとファイノレートの話だ。だがしかし30年とは。アッシュヴィトは猟矢よりも一回り年上くらいだ。20かそれくらいだろう。30年ということは親世代からの絆かと思えば、どうやら親世代からの話になるというわけではなさそうだった。この年齢の矛盾はどういうわけだろう。
「あぁ、知らナイ? 強い魔力を持ってるとネ、老化しナイの」
この世界の常識だ。強い魔力を持っていると肉体の老化が停滞し、外見と中身の年齢が徐々に伴わなくなる。停滞の具合は内包される魔力の度合いによる。不老というわけではない。何十年も経てばさすがに老ける。
戦いに身を置く人間が軒並み若いのはそのせいだ。若いのではなく、肉体の老化が停滞して若く見えているだけなのだが。
「…じゃぁ子供に見える奴も中身は年寄りかもってこと?」
「そうなるほどとんでもない魔力を持っているならネ」
そこまで差異があらわれる人間など稀だが。
さて、猟矢の疑問も解けたところで話を続けよう。
「ソウ……これは昔のオハナシ……」




