不滅の島
転移してきた先は白い結晶が突き立てられた場所だった。左右を塞ぐように並ぶ結晶が道を作り、奥へと続いている。結晶から剥離した破片が風に巻き上げられ、きらきらと輝く幻想的な空間。雲にけぶる空には島がいくつか浮いている。
ダルシーが風に巻き上げられていく水晶の破片を見上げて見送る。森を神聖視し精霊に仕えるというアレイヴ族特有の感覚が、ここは特別な場所なのだと告げている。すべての魔の精霊が喜びの声をあげている。
「ここは?」
物珍しいのか、猟矢がきょろきょろと首を巡らせながら問う。
「ビルスキールニルの玄関…"白き祈りの空"ダヨ」
転移武具"ラド"は術者の指定した場所に転移する。精度は人によるが、熟練した術者ならば特定の家一軒を転移先に指定することができる。だが、ビルスキールニル内では何処を指定しようとも必ずこの場所に転移する。絶対にだ。
この回廊のような道を歩き、神に見定められながらビルスキールニル内へと踏み入れるのだ。ぱりぱりと薄氷を踏むような音を立てながら進む。
「おかえりなさいませ、皇女殿下」
道の終わりにはひとりの女性が立っていた。体中の色素という色素が脱落したような、髪も肌も真っ白な女だ。唇にさした紅と目の赤だけが唯一の色だった。真っ白な服の裾を風になびかせ、彼女はアッシュヴィトに静かに膝を折った。
「タダイマ。オキャクサマが4人いるからヨロシクネ」
「畏まりました」
すっと立ち上がった彼女は猟矢たちに向き直る。流麗な動きで頭を下げた。
「ビルスキールニル神官長、イルート・アールヴァクルと申します」
ビルスキールニルの生き残りの1人だ。アッシュヴィトによって故郷の留守を任されている。神に仕える神官であり、同時にこの道をゆく者の監視が役目だ。神の裁量に従って、悪しき侵入者に罰を下す。
「アッシュヴィト様、それで、彼は…?」
「うん。……やられた。盗られたよ」
「盗られたとは…」
「詳しいコトは王宮でネ」
残るもうひとりの生き残りにもこのことを伝えねばならない。行方不明の生き残りである落道の騎士のことを訊ねるイルートをあしらってアッシュヴィトは道を進む。入国を許された者が通ることを許される小道だ。その先には小さなあずま屋があり、きらきらと光る台座が据えてある。
「ヴィト、これは?」
「転移装ダヨ。ビルスキールニルじゃ"ラド"は使えナイカラネ」
島内の移動にはこれを用いる。ビルスキールニルは空中に浮かぶ複数の浮島からなる。玄関口であるこの結晶の回廊は海上にあるが、それ以外は皆空の上だ。その島間の移動をつなげるのがこの転移装置だ。
行きたい場所を思い浮かべながら台座に手をかざせば、その位置に転移する。王宮に、とアッシュヴィトが呟くと、かちり、と装置が作動した。
「おうアッシュヴィト様! なんかまぁぞろぞろ連れてきたなぁ。ダチができるのは喜ばしいことだが事前連絡も無しじゃ大したもてなしもできねぇぜ?」
「やぁバッシュ、ヒサシブリ」
王宮前の噴水広場。かつて人で賑わっていた場所も閑散としている。白い石造りの神殿王宮の階段に腰を据えていた男が気さくに手を挙げた。敬語などない言葉遣いに背後でイルートが溜息を吐く。
「弁えなさい、バッシュ殿」
「いいじゃねぇかイルート。アッシュヴィト様は堅苦しいのを嫌う性分なんだから」
「だからといって……はぁ、もういいです」
客の前でするべき議論ではない。彼には後で人のいないところでよくよく言い聞かせておこう。イルートは嘆息して話を切り上げる。
皇女に対しやたら気安い彼は、ビルスキールニルの武官長を務める。平たくいえばビルスキールニルが擁する兵士の頂点だ。といっても兵などもう誰一人いないのだが。
根っからの武人である彼は学に非常に疎かった。個の戦闘能力や指揮能力といった実力はあるのだがどうしても敬語や改まった言葉遣いができない。無理にしようとすれば必ず失敗する。目上を相手するにはどうも無理だ。そう評価され指揮系統の末端の兵として過ごしていたのを抜擢したのが先代の武官長だった。それを知っているのでアッシュヴィトも皇女への態度に関しては何も言わない。その分イルートが口うるさくなってしまったが。
「っと、客人への紹介がまだだったな。俺はバッシュ。バッシュ・アルスヴィト」
王の剣であり盾である。守るべき王などもういないのだが。守るべき王がいない今は役目を失って亡国の墓守同然に過ごしている。留守を頼むと言った皇女の言いつけに従って2人しかいない島を守っている。
「サテ…じゃ、詳しいコトは中で話そうカナ。歓談室は空いてる?」
「えぇ」
「オッケー、じゃぁそこでネ」




