何者か?
「お初にお目にかかります。ルッカに選ばれた者よ」
「…ルッカ?」
曰く、アブマイリの儀式によって新生された武具の適合者のことをそう呼ぶらしい。古い語で幸福を示すという。
流れるような優雅な動作で頭を下げた女は、ゆっくりと猟矢を見た。その眼差しは巫女に、ひいては幼馴染によく似ていた。
「ラピス諸島が領主、アルクス・ラピス・サイトと申します。ルッカに挨拶をしにまいりました」
巫女が新生した武具の適合者の顔をひと目見ておきたかったという。ルッカになった者は英雄になれるという。領主は猟矢を見てほんの少し眉を下げる。こんな年若い者が神が捌く運命へ投げ込まれるのか。英雄の栄光に至るとはいえその過酷さを想像して胸を痛める。
「そしてお久しゅうございます。ビルスキールニル国が皇女殿下」
「ドーモ。堅苦しいアイサツは抜きネ」
丁寧に挨拶を返すほどの心の余裕がアッシュヴィトにはない。さっさと本題に入ってもらおう。領主に対し皇女の取る態度ではないが今回ばかりは容赦してもらおう。本来ならばアッシュヴィトが礼を取る必要がない。それほど地位が隔たっている。
「巫女のことについてです」
ラピス諸島の為政者側でも意見が対立している。今すぐ巫女奪還のため軍を派遣するか、それともパンデモニウムの恐怖に屈して黙っているか。
アブマイリの儀式を執り行う巫女はラピス諸島の守護神によって選ばれる。このまま当代を失っても次代がそのうち選定される。来年のアブマイリの儀式はその巫女が行えばいい。ヴェインという少女ひとりにこだわらなくても、新たな巫女が選ばれるのを待てばいい。それが派遣反対派の意見だった。
議論は紛糾していて答えは簡単に出せそうもない。親友として不安だろうがどうかしばしの猶予がほしい、というのが領主の言い分だった。
「ちょっといいか?」
それに割り込んだのはアルフだった。曰く、反パンデモニウム組織である我々と手を組まないか、という話だった。
もし仮に奪還するため兵を派遣するとなれば、我々を頼ってほしい。我々はそれに協力する、と。平たくいえば反パンデモニウム組織とラピス諸島の同盟だ。もちろん今すぐに決めろというわけではないが、案の一つとして頭の片隅にでも入れておいてほしい。
「わかりました。その際にはお尋ねします」
領主が議会へと戻っていった後、さて、とアルフが呟いた。
「問題は、だ」
新生された武具を握りしめた猟矢を見、アルフはゴーグルを装着する。問題は、これが何かということだ。武器に変じるのか魔法を起動するのか、それとも異次元から神を召喚し使役するのか。時と空間に干渉するのか。どんなものなのかを告げてくれる巫女はいなくなってしまったので、"観測"して見定めるしかない。
アブマイリの儀式で新生される武具はたいていはラピス諸島の名産に合わせてか神を召喚するものが多い。だが、神を召喚するものはだいたい首飾りの形をとる。ペンダントトップが神を喚ぶ。その次に多いのは指輪で他の形状はあまりない。あるにはあるが非常に珍しい。その法則からすればこの腰飾りの武具は召喚するものだとは考えにくい。
「ちょっと拝見…っと」
武具の種類と質を見分けられるゴーグルは結果をアルフの視界に映す。その観測結果は。
「……不明?」
不明。エラーを吐き出す観測結果に首を傾げる。ゴーグルが壊れたわけではない。物理的な破壊でもされない限り武具は故障しない。
強いて分類するならば魔法を起動するタイプに近いが、炎や氷を呼び起こすといった単純な魔法らしい魔法ではない。
「マッタク何かわからないってコト?」
「そういうことだな」
ただ、とんでもない力を秘めている。武具を"観測"する際にはEからSまで等級を定めているが、猟矢の持つそれは"歩み始める者"と同じく最大等級を超える。規格外の未知数。それがアルフの"観測"の結果だった。猟矢はやはり特別で、とんでもない鬼才だったという事実を再確認しただけだ。
そんな猟矢を、正確には猟矢の持つ武具をダルシーがずっと見つめている。森を神聖視し精霊に仕えるというアレイヴ族特有の感覚が告げている。あれを起動させてはいけない、と。使い方を誤れば世界は大崩壊する。できうることなら使い方を誤る前に破壊して捨ててしまうべきだ。取り返しのつかなくなる前に、取り返しがつくうちに破棄するべきだと、うるさいくらいに本能が警鐘を鳴らしている。
「…何かわからないなら下手に使わない方がいいんじゃない?」
見てわからないなら、魔力を流して発動させてみればわかる、という流れになりつつある会話の中にそっと意見を差し込んでみる。さすがに破棄しろとは言えなかった。アブマイリの儀式で作ったものはある意味神聖だ。ラピスとビルスキールニルの盟約の証でもあるそれを破棄しろというのは少し酷だ。正体がわかるまでは封印しておいたほうがいいと述べるのがせいぜいだった。
「うーん、それもそうだネェ」
何かわからないものを下手に起動させれば何が起こるか。ひとまず置いておけというダルシーの意見にアッシュヴィトは納得しかけたところで、ふと思い出す。
「知人に鑑定してもらってもイイカナ?」
武具職人ではないが、魔術に精通する知人がひとりいる。その人物なら武具に込められた魔術式を読み解いて能力を明らかにしてくれるかもしれない。
鑑定には数日かかるだろう。だからそのひとに何日か預けてもよいだろうか、と猟矢に訊ねる。快諾が返ってきた。
「アリガト! …あのヒト、ちょっと気難しいから、ボクだけちょっと行ってくるネ」
ぞろぞろと猟矢たちを連れていけば機嫌を損ねてしまうかもしれない。知り合いは種族の掟がとても複雑で、何が掟に触れるかわからない。無用なトラブルを避けるためにもアッシュヴィトだけが行く。知人のもとへは"ラド"で一瞬だ。事情を説明して帰ってくるのに半日もかからないだろう。
「わかった。じゃぁ、えっと…」
「それを預けてヴィトがその知人とやらのところに行く。俺たちは先にエルジュに戻ってる。…それでいいだろ」
アルフが行程を提案する。巫女がパンデモニウムに拐かされた件について早々に報告しなければならない。先に音声通信で要旨だけは伝えておいたが、詳細はまだだ。ユグギルというよりバハムクラン、ひいては反パンデモニウム組織の誰もが詳細を求めている。
「オッケー、じゃぁエルジュで!」
行ってくるネ、とアッシュヴィトの姿が立ち消える。早速届けに行ったようだ。
「…ヴィトはそういうところあるよな」
思い立ったら即行動。後先を考えない癖がある。苦笑いしながら、猟矢はアルフの"ラド"の起動の音を聞いた。




