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カミサマが助けてくれないので復讐します  作者: つくたん
ラピス諸島
33/88

アブマイリの儀式

そしてややあって、神殿の鐘が鳴る。儀式の始まりを告げる音だ。

あれだけ賑やかだった群衆の声がぴたりと止まった。大衆の沈黙の中、静かに神殿から歩み出てきたのは先程の彼女だった。衣装は豪奢であるが、火に巻き込まないよう裾と袖は短くまとめられている。装飾品も少ない。だが彼女自身の気品と気高さが存在感を引き立てていた。

しずしずと祭場に歩み出た巫女はまず文机の前に進む。机に広げられている羊皮紙にペンを走らせる。何を書きつけているのか、テラスからは紙面がよく見えた。ただ猟矢には読めない字だった。この世界に普及している字とも違う。引っ掻いた直線を組み合わせたような文字だ。ペンが止まることなく走る。まるで自動書記のようだ。

あれが武具に刻まれる魔術式だ、とアッシュヴィトがそっと教えてくれた。魔術の始祖たるビルスキールニルがこの島にのみ伝えた秘伝。

本来、武具を作る時は綿密な下調べと研究によって魔術式が描かれる。だが儀式では事前に準備することなく自然と湧いてくるインスピレーションによって魔術式が構築される。書き込まれる魔術式は、まるで神がこう書けと告げているかのようだ。儀式の際は、神に操られる人形のようにひとりでにペンが走るのだと以前巫女から教えてもらった。

記号なのか文字なのか判別しかねる図形を書き連ねた後、机の端に置かれている鉱石を手に取る。水晶のような透明な鉱石だ。機工都市ゴルグで武具への適性を調べるために占いに使ったあの水晶によく似ている。同じものなのだろうか。彼女の手の水晶がよく見えなくて判別できない。

「あれが魔晶石。魔術式と銀のつなぎ…媒介ってヤツだネ」

挽肉と刻んだ野菜を丸めて焼く際に、水でふやかしたパン屑を入れるようなものだ、と説明する。なにせ溶けるほど高熱の金属の中に放り込むので、羊皮紙では銀と混ざる前に燃えてしまう。なので魔術式を写し取った水晶を砕いて入れるのだ。

魔力と親和性の高い水晶は魔術式を吸収して記憶する。それを銀に伝えて作用させる。

「ふぅん…」

拳程度の鉱石を握り締めた手が羊皮紙の上を滑るのが見える。まるで砂に書いた文字を手で消すかのように、水晶がなぞった文字が消えていく。文字通り、魔術式を吸収しているのだ。

きれいに式をさらった水晶は、元あった透明さを失ってぼんやりと光っている。何色ともいえない不思議な色だ。猟矢はその光から妙に目が離せなかった。

青とも赤とも白ともつかない光を帯びた水晶が文机の隣の台座に置かれる。脇に立てかけられた槌を手に取った。ゆっくりと振りかぶり、まっすぐ叩き下ろす。ぱりん、と水晶が粉々に砕けた。砕けた欠片が日光を反射してきらめいた。

まったく無駄のない動きだ。迷ったり止まったりする場面がない。まるでそれは神に操られているかのようだと言われる理由がよくわかる。あらかじめ動作を仕組まれた機工を動かすように綿密で精密な動きだった。

「ココからが秘術のおでましダヨ」

通常、武具を作るための複雑な工程を秘伝によって簡略化する。というよりはこれが本来の武具の作り方だ。この秘伝を誰もが習得できるわけではないので、一般には煩雑で複雑な手法を取る。

説明するアッシュヴィトの視線の先、巫女が砕いた水晶の欠片を集めて火にくべる。炎が舞い上がった。

舞い上がった炎に沿って、ぐにゃりと何かが身をもたげる。あらかじめ炎で鋳溶かされた銀だった。高温で溶かされた銀はぐるぐると螺旋を描いて水晶の欠片を飲み込む。見えない棒で撹拌されているかのようにひとりでに動く銀は水晶の欠片を飲み込んで馴染ませる。

まんべんなく混ざった頃、螺旋を描く銀はそのまま上空へ浮かび上がる。円を描き輪を作り、それが収束していく。腕輪か指輪か、はたまた首飾りかと観衆が見守る中、銀の輪が不意に途切れた。両端に金具を形成した銀は、そこで変化を止めた。

「今年は腰飾りカナ?」

ベルトに吊るすチェーンの飾りだ。ぴしぴしと金属が割れる音がしてチェーンの表面に模様が刻まれる。

これで完成だ。あとは適合者へ受け渡しが行われる。いったい誰のものとなるのだろうかと緊張と期待を胸にする観衆の視線が新生された武具に集まった瞬間。

「っ!!」

ばくり、と闇が巫女を飲み込んだ。

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