驚愕の出会い
「…まさか皇女だったなんてね」
バルセナが肩を竦める。何かしら特別な出自があると思っていたが、まさか皇女だったとは。
アッシュヴィトが名乗ったあのあと、血相を変えた老兵によって神殿のテラスに通された。曰く、ビルスキールニルの王族は毎年この儀式を観覧しに行っているという。アッシュヴィトとて生まれた時から今まで毎年この儀式を見に行っている。ビルスキールニルが滅び、アッシュヴィトが旅に出てからもそれは続いていた。
ラピス島とビルスキールニルの親睦はそれほど深いのだ。ビルスキールニルが魔術を銀に封じ武具となしたその秘術を最初に授けられたのは当時のラピス島の領主だった。授けられた技術が更に簡略化されて世界中に拡散した。
「あはは、ゴメンネ」
むやみやたらに名乗るものではないので今まであえて言わなかった。というのは建前で、実は事が露見した際の周囲の反応が見たかったので黙っていたのだ。アッシュヴィトの想像以上に皆は度肝を抜かれてくれたようだ。アルフなどはまだ衝撃から抜け切れていないのか呆けている。何を話しかけても生返事しか返ってこない。あまり表情を出さないダルシーでさえやや顔がひきつっている。
「特等席って…貴賓席じゃないか……」
確かに眺めのいい特等席ではあるが。テラスからは祭場がよく見えた。炉に入れられた火が煌々と燃えている。儀式が始まる時間が迫ってきている。
「ヴィト!」
一体どういう儀式が始まるのか。しっかり見て覚えて手帳に書きつけるのだと楽しみにしている猟矢の耳に快活な声が飛び込んできた。振り返れば、そこには栗色の髪の少女がいて。その容姿を視界に認めた猟矢が驚愕に固まる。
「……ユズ…?」
その顔は、弓束に瓜二つだった。
「ヴェイン! ヒサシブリ!」
きゃぁ、と歓声をあげてアッシュヴィトが彼女に駆け寄る。年相応の少女のように再会を喜びあった後、ごほんとひとつ咳払いをして改まる。
「本日はようこそおいでくださいました、ビルスキールニル第375代皇女、アッシュヴィト・ビルスキールニル・リーズベルト様ならびにお付きの皆様。ラピス島領主が娘、本日の儀式を執り行わせていただきますヴェイン・ラピス・サイトと申します」
さっきまでの無邪気な少女の表情をしまいこみ、ラピス島領主の娘の顔で一礼する。その容姿は、どこからどう見ても猟矢の幼馴染である弓束にそっくりだった。
「こちらこそ、突然の訪問を受け入れてくださって感謝しています。ビルスキールニル皇女としてアブマイリの儀式を見届けさせていただきます」
いつもの片言などない、きれいな発音でアッシュヴィトも礼を返す。
形式ばった挨拶が終わってきっかり3秒後、ふっと互いの雰囲気が和らいだ。
「やっぱり来てくれたのね! 3日前になっても来ないからちょっと不安だったの」
「ゴメンネ、当日に行って驚かせようと思ってサ」
普段なら儀式の3日前には訪問していて前日祭の雰囲気を気ままに味わっているというのに、今年は来ない。いったいどうしたのだろうかと心配していたところだ。不吉な話、死んだとも聞かないしどうしたのかと。
心配が過ぎて不安になっていたところだと彼女は頬を膨らませる。驚かせたかったというのは後ろにいる同行者たちのことだろう。何かしらで知り合った4人に身分を隠し、この機会にばらしたのだろう。その証拠に、航空帽子をかぶった狩人風の青年はなんだか反応が鈍い。きっと驚愕の衝撃から抜けられていないのだろう。
「ふふ、そちらの皆さん、はじめまして」
アッシュヴィトは彼女の友達だ。友人の友人は、彼女にとっても友人同然。人懐っこい笑みを浮かべて軽く頭を下げる。その視線が、猟矢の前で止まる。
彼女にはよくわからないが、何故か信じられないものを見たという顔でこちらを見ている。アッシュヴィトが皇女という驚きというわけでも、こんな少女が儀式を執り行うのかという驚愕というわけでもない、別種の衝撃を受けている顔をしていた。
「…あの、何か?」
「……え……あぁ、いや…」
問いかけられ、猟矢は思わず視線を逸らした。あまりにも幼馴染に似ているから、と、もごもごと呟く。
異世界に召喚された主人公が、幼馴染によく似た人物を異世界で見つけるだなんて、あまりにもお決まりの展開ではないか。まったく、よくできた物語だ。
「そうなの。不思議な事もあるものね。……あ、いけない」
そろそろ儀式の時間だ。戻らなければいけない。またね、と彼女は手を振って戻っていった。




