勝利の後で
「何があった?」
砦は陥落。喜ばしい勝利のはずなのに帰ってきたアッシュヴィトの表情は晴れやかではない。それに引きずられてか、猟矢たちもなんとも言えない顔をしている。
「ほれ、言うてみい」
新入りとはいえ、アッシュヴィトも立派な仲間だ。同胞のケアはユグギルの義務だ。一体何があったのか。浮かない顔のアッシュヴィトに促す。
「実は……」
「ふむ、なるほど…そんなことが」
それは気落ちもするだろう。滅ぼされた同郷の生き残りを探して旅して、ようやく見つけた生き残りは敵の手に落ちていた。それどころか剣を向けてきた。動揺するのも当然だ。
「ラクドウ・フィルセットといったか」
その様子から何かある。彼の認知を歪めている何かが。洗脳かそれとも記憶操作か。そういったことをする武具は世の中に存在すると聞く。術の行使の際に代償として術者も対価を支払う。いわゆる禁呪だとかそういった魔術を封じ込めた武具だ。
滅多にあるものでもないし、あったとしても大概は厳重に封印されていてお目にかかることはほとんどない。それをどこからか持ち出して使ったのだろうか。
「彼はボクのダイジなトモダチなんだ」
幼少の頃からの付き合いだ。彼の方が少し年上で、幼い頃は兄と慕ってあとをついて回っていた。彼もそれを厭うことなく、妹分として丁重に扱った。その絆は何十年にも及ぶ。簡単に切れるものではない。
その強固な絆を上書きする術の存在が憎い。絆を消し去り無きものとし、認識を歪ませアッシュヴィトから友人を奪い取った。術も術者も許しはしない。
おそらくその術をなしているのはあのシャオリーとかいう女だろう。パンデモニウムの幹部、カーディナルの地位にいるのなら禁呪に相当する武具を持っていてもおかしくない。彼女と決着をつけ、友人を奪還する。そうするしかないだろう。
「カーディナル、か…」
厄介な人物が出てきたものだ。万魔と称されるほどパンデモニウムの団員の数は多い。こうしている間にも各地で破壊と略奪がどこかで起きている。それを束ねる幹部だ。一騎当千の実力を持つ。
もしあのシャオリーとかいう女がエルジュの街に来ていたとしたら。そう考えると肝が冷える思いがする。パンデモニウムの幹部ともなれば、単独で街ひとつ灰燼に帰す。それをさせないための先制攻撃だったのだが、彼女がエルジュへの攻撃をしないでくれて助かった。
砦への攻撃も、カーディナルがいるとなれば全滅を覚悟していた。返り討ちは必至で、そこそこ実力のある者がどうにか帰還する。以降は睨み合いだと思っていた。それを放棄させたのは、戦闘中に唐突に苦しみだしたという男の存在だ。
彼のほうが砦よりも重要だというのか。あのビルスキールニルの人間を手駒にしているということが、ディーテ大陸侵略の拠点となる砦よりも。
「さて、深刻になったところで」
情報が出揃わないままここでどうこう言っていても仕方ない。あちらはこちらを追っているし、いずれは再会するだろう。その時までこの件は置いておくとして。
「砦の件でうやむやになったがの。改めて言っておこう」
その目的から、スパイを警戒するため基本的に部外者は入れないことになっている。信頼できる人間しか加入は許されない。その辺の馬の骨などもってのほか。だが今回は話が違う。バルセナがバハムクランの人間を助けた恩返しという道理がある。
それに、あの伝説の島ビルスキールニルの生き残り、それを超える未知数の力の持ち主と、強大な戦力がある。戦力に飢えているバハムクランとしては捨てるには惜しい。これを逃し、うっかりパンデモニウムなどに捕らえられてしまったらと考えると、素性の怪しさを多少無視しても手元に置いておきたい。
今回は事情が事情であったため例外としよう。だが、それでもやはりつけるべきけじめがある。そうでなければ他の団員に示しがつかない。
「というわけでだ」
団員が皆認めるまで、しばらく無休かつ無給で働いてもらうとしよう。きちんとバハムクランに貢献すれば誰も文句は言わないだろう。
「具体的には、5万ルーギほど」
「ご…!?」
心臓の血の流れが逆流しそうだ。頭が軋む。ぎしぎしと鳴って仕方ない。
憎い。憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い。
殺してしまえと悪意が囁く。その首を切り落としてしまえと害意が蝕む。敵意が、殺意が、反意が。溢れる感情に潰されそうだ。
「ネツァーラグ! 何処にいるの!」
「グランド・オーダー。"幻妖"ネツァーラグ・グラダフィルト、ここに」
「御託は良いから早くしてちょうだい」
「おやおや、これはこれは…」
視界の端にちらりと見えた銀。
感情に轢き潰されそうだった思考が刷新されていく。複雑に絡み合った思惟が梳かれていく。
「ほら、もう悩むことはないのだよ。楽にしてあげよう」
この"偽りの銀"で。




