落道の騎士
なぜここに、というアッシュヴィトの問いに彼は答えなかった。
「……"ブレイヴスレイヴ"」
背負った大剣を引き抜き、切っ先をアッシュヴィトに向ける。その碧眼には憎悪がにじみ出ていた。
「待って、ラクドウ!」
「そう言ったファスに何をした?」
アッシュヴィトの制止を彼は冷淡に切り捨てる。
忘れはしない。5年前、彼が愛する女を殺したのは誰か。あの滅亡のただなか、彼女の首を切り落としたのはその"グピティー・アガ"ではないか。そのレイピアでもって首を落としたではないか。
きっと命乞いをしただろう。痛かっただろう。辛かっただろう。その嘆願を叩き切ったのはアッシュヴィト自身ではないか。
「…ファスの仇、討たせてもらおう」
憎悪をにじませた目で彼はアッシュヴィトを睨みつける。ほんの少し身をかがめ、地を蹴って飛びかかる。存分に重量を載せた大剣を叩きおろした。
「う、わっ!」
それをどうにかぎりぎりで避ける。残像を鋭い一撃が切り裂いた。あと一瞬遅ければ、アッシュヴィトの首は胴体と切り離されていただろう。容赦のない、完全に殺すための一撃。
「"灰色の賢者"は任せたわよ、ラクドウ・フィルセット」
自分はその周りを片付けるとしよう。シャオリーは腰に差した双剣を抜く。くるりと一回転させて手に握り、具合を確かめる。
相手は4人。半数が亜人で、人間の方はというと、片方は非戦闘員。残る1人は何やら見慣れない顔立ちに服装をしているが、特に問題はないだろう。全員斬り殺せばいい。
カーディナル、"呪殺"のシャオリー。その地位にふさわしい実力がある。4人斬り殺すなど造作もない。シャオリーは軽快に地を蹴った。まずは一番近い相手から。氷の大剣を持ったアレイヴ族を狙って双剣を振る。
「はやっ…!」
その動きを見ていたアルフが息を呑む。速い。ダルシーとシャオリーの間にはそれなりの距離があった。大きく踏み込んで10歩程度。その距離が一瞬で詰められた。なんと身軽だろう。
その瞬くような軽快な一撃をダルシーが大剣で受け止める。防御にと刀身に張り付けた氷が砕けて散った。ぎり、と拮抗する。組み合うふたりに迫る影。
「4対1なの忘れてない?」
バルセナが六尺棒を振るう。槍の要領で突きを繰り出す。回避するために飛び退ったシャオリーの着地地点はすでにアルフが"観測"して猟矢に伝えている。そこを狙って放たれる猟矢の弓。
即席にしてはいい連携だった。ほぼ完璧なタイミングで放たれる光の矢はシャオリーの手を射抜く。はずだった。
「忘れてないわよ」
すぱん、と。平然と返したシャオリーは双剣で光の矢を叩き切った。砕かれた光の矢は形を失って霧散する。
これしきの連携など読めている。自身の素早さをもってすれば回避など造作もない。動きを"観測"されることを含めてもだ。あまりカーディナルの地位を侮られても困る。
「そうね、せっかくベルベニ族もいることだし。一曲お願いできるかしら?」
剣戟による踊りと悲鳴による歌を。一曲終える頃には4つの死体が転がっているだろう。自信満々にシャオリーは双剣を構えた。
待って、と制止を繰り返すのは諦めた。ラクドウはこちらの話を聞くつもりはない。仇を、と口にしながら憎悪の大剣を振り下ろす。ならば心苦しいが、適度に叩きのめして動けなくさせるしかない。
説得を諦めたアッシュヴィトはひたすら回避に専念していた。細身のレイピアでは大剣を受け切るのは不可能だ。受け止められないので避けるしかない。
反撃はしたくなかった。回避が精一杯で反撃に移れないというのもあったが、心情的な意味でだ。彼はアッシュヴィトが旅を決めた要因のひとつだった。
パンデモニウムに滅ぼされた故郷。自分を含め4人しかいなくなってしまった生き残り。ひとりは自分で、2人は滅んだ故郷で留守を守っている。残る1人は行方不明。その行方不明の1人を探すため、アッシュヴィトは世界を放浪していた。
つまり。ラクドウ・フィルセットはその行方不明の生き残りである。
しかしそれがどうしてパンデモニウムに。パンデモニウムは許されざる仇。故郷を忘れ、強さにおもねり仇に尻尾を振るなど考えられない。そんな軽薄な性格ではなかったはずだ。
それに恋人の仇と言っていた。アッシュヴィトが斬り殺したのだと。滅亡のあの日、どさくさに紛れて恋人の首を切り落としたと。そんなはずはない。なぜそんなことをアッシュヴィトがしなければならないのか。
絶対に何かがある。彼の認知を歪めている何かが。その正体を突き止めるために対話をしたいのに。
「っ…ぐ…!」
突如、ラクドウが大剣を取り落とした。苦しみ、その場でうずくまりうめき始める。
一体何が、と戸惑うアッシュヴィトをそれでも憎悪の目で睨む。この頭を締め付ける激痛さえなければあのまま追い詰め斬り殺してやれたものを。
「ラクドウ!」
戦闘を放棄したラクドウにシャオリーがはっとして駆け寄る。これ以上はいけない。強引にバルセナを振り切り、うずくまるラクドウの元へ踵を返す。
素早く助け起こしたシャオリーは左のピアスに触れた。パンデモニウムの者たちに共通して配られる雫型の銀のピアスだ。
「ダンスはおしまい。またね」
それが転移魔法の武具だと気がつく頃には、2人の姿は砦から消えていた。




