吹きすさぶ風
「見惚れるネェ」
呟いたアッシュヴィトはそれに負けじとレイピアを振る。刺突剣"グピティー・アガ"は刃に衝撃波をまとうことができる。勢い良く振り抜けば衝撃波を飛ばして遠距離に攻撃することが可能だ。
「突剣技――」
護身にと教えられた剣術だ。刃の振り方が変われば衝撃波の軌道も変わる。広範囲を浅く打ち払うか一点を深く抉るか。範囲と深度はレイピアの振りひとつで変わる。
今回は多少浅くなってもいいから広めに。十分な衝撃波を乗せたレイピアを横に振り抜こうと構えたアッシュヴィトの横で少年の声が割り込んだ。
「"一斉掃射"!」
猟矢が矢を放つ。上空に放たれた太い1本の光の矢は空中で一瞬静止し、直後、無数の細い矢に分裂する。おびただしい数の矢が放射状に飛び散る。
まるで雨のように降り注いだ矢が止む頃には、その場のパンデモニウムの者は全て地に伏せていた。
「ひゃぁ…相変わらずジョーダンじゃねぇ」
100までならいちいち数えずに目視だけで数えられる。そのアルフの観察能力を越えていた。自分より一回り小さな少年がよくこれほどの力を持っているものだ。
詳細は大まかにしか聞いていないが、どうやら猟矢は異世界から召喚されてきたという。異世界からの召喚という芸当をやってのけたアッシュヴィトも規格外だが、喚ばれる方も喚ばれる方だ。規格外に召喚された規格外。もはやどう形容していいか、アルフの語彙では到底追いつかないほどだ。
しかも猟矢には弓矢だけでなく他にもまだ技がある。"歩み始める者"はいくつかのキーワードを元に想像した能力を具現化する武具と聞く。つまり複数の能力を持つことと同義だ。矢の一撃ですらもはや観測不能だというのに、更に他にもあるとなると観測不能すぎて頭が痛くなりそうだ。
「っと、ダルシー! 後ろ扉向こうWS1AとWS1B!」
ダルシーの背後にある扉の向こうに誰かいる。しかもかなりの使い手だ。アルフが素早く警告する。キィ、と頭上で鷹が鳴いた。その警告を聞いてダルシーが身構えるより先に、扉がゆっくりと開いた。
先に入ってきたのは金髪の女だった。切れ上がった目尻と引き結ばれた唇が強気の印象を与える。肩や脚は剥き出しで露出は多いが、急所だけはきっちりと硬い皮革で覆っている。動きやすさを優先した結果布の面積が減ってしまったのだろう。腰にはふた振りの剣を下げている。指先から肘ほどの長さの直刃の剣だ。長方形に切った鋼を研いで刃を作り、握りの部分に布を巻いただけのような、簡素なつくりをしている。
「よくもまぁやってくれちゃって」
女は肩を竦める。砦の各所で戦闘と火の手が上がっている。バハムクランとやらに先制攻撃の奇襲を受けたということらしい、と理解するに時間はかからなかった。
形勢は不利。この砦は廃棄せざるをえないだろう。この砦の喪失はディーテ大陸へのパンデモニウムの支配の弱体化と同義だが仕方ない。そんなことをぼやく彼女のその口ぶりからして、この女が派遣された上層部の人間とやらだろう。つまり油断ならないということだ。じり、と一同に緊張が走る。
「とりあえず自己紹介から始めるべきかしら。私はシャオリー。パンデモニウムが幹部、カーディナルの位にあるわ」
パンデモニウムの称号だ。デュークを頂点とし次点にアークウィッチを置き、その2階級の下にカーディナルという階級がある。平たくいえば幹部級だ。世界を蹂躙する万魔の兵たちを取りまとめる役目にある。まさに一騎当千の強者だ。
「まぁ、私はカーディナルの中でも割と下の方なのだけれど」
階級に見合う実力はあるつもりだが、同階級の中では劣る。どうにかこの地位にしがみついている末席だ。そう自己を評する女の背後で影が動いた。否、影ではない。影のような漆黒色の外套をまとった男だ。
「話は終わったか、シャオリー」
まるで感情を押し殺しているかのような低く落ち着いた声。世の果てに似た漆黒の外套の男の姿を見て、アッシュヴィトは瞠目する。
「…ラクドウ…!?」
どうして、キミがここに。




