砦、襲撃
作戦開始の合図とともに転移魔法を展開する。展開する転移魔法の閃光が消え、目を開ければそこはパンデモニウムの砦の奥地。
「お邪魔シマス!」
唐突な来訪者に驚き硬直するパンデモニウムの者たちににっこりと微笑んだアッシュヴィトは、直後、レイピアを振るう。衝撃波で何人かをまとめて吹っ飛ばした。
「ダルシー」
つい、とアルフが手を閃かせる。了解、と頷いたダルシーが手をかざす。その手に現出するのは青い大剣。"ラグラス"と呼ばれる氷の大剣だ。冷気を帯びた氷剣を構えるダルシーの後ろで、アルフがゴーグルを装着する。
「観測開始…っと」
このゴーグルも武具だ。物質を透過し、術者が見たいものを見せる。風の向きや気温も見ることができる。その視界の中に人間がいれば、その所持している武具すら見通す。といってもおおよその強さと分類だけだが。
つまりこの武具はアルフが"観測士"と呼ばれる所以だ。感情すら見通す航空眼鏡によって何もかもを観測する。
「観測終了」
そして観測士の役目は物事を観測することだけではない。見通した情報を仕手人に伝えることも役目だ。さすがに第三者に思考をそのまま伝えるなどというそんな便利で高度な武具は持っていないので口頭だが。
「左W3CDD、正面W2EE、右D1E、E1D」
まるで暗号のような文章だ。だがそれでダルシーは理解した。与えられた情報の案内に従って大剣を振る。
まず左側の3人。ナイフを持つ男が1人に剣を持つ男が2人。そのうちナイフ使いは質の良い武具を持っている。正面には剣と盾の女、槌を持つ男に弓使い。右には素手の男が2人いるが片方は時空間に干渉する武具を所持しているから油断はならない。残る方は属性を操る武具を持っている。何をする武具かわからないうちは警戒すべし。ただしどれも大した武具は持っていないのでダルシーの実力ならば問題ない。以上がアルフが観測し、あの短い言葉に詰めた情報だ。四方の先にどのタイプの武具を持つ人間が何人いるか、その強さのランクはどのくらいかを順に羅列する。
「ちなみに背面WDS1S、U1S。斜め後ろにはWS1A」
ダルシーの後ろには武器に変じる武具と時空間に干渉する武具と神を喚ぶ武具を持つ人間がひとり、観測不能の特殊な武具持ちがひとり、どちらも規格外の強さだ、と言い添える。つまりはアッシュヴィトと猟矢のことである。斜め後ろにはバルセナがいる。
しかし改めて観測してみたが猟矢は規格外だ。猟矢の力を覗き見たアルフは舌を巻く。強さの程度を伝える符丁として"相手するには危険"というランクを設けているが、その上を作らねばならないかもしれない。
そんなアルフをよそに、ダルシーは観測結果通りに大剣を振るう。彼女の操る大剣は冷気と氷を操る大剣。振り回せば切り傷が凍り、ひどい凍傷で傷口を蝕んで腐らせる。
斬りつければすぐさま凍るので返り血が飛ばない。何人斬っても汚れることはない。すべてのものを閉じ込め、氷の中に沈黙させる。何もかも氷の静寂の中だ。悲鳴も断末魔も響かない。ゆえに氷剣"ラグラス"は最も静かなる剣と呼ばれる。
「絶好調だなぁ」
「テメェは見てるだけか?」
ダルシーの様子を見てぼやくアルフの背後に迫るナイフ。だがそれもすでに"観測"済みだ。とっくに見え透いている。振り返ることもなく、ひょいと簡単に避けてみせた。
「観測士はそういうモンなんで」
急所を狙って振り下ろされた凶刃を避けつつしれっと言う。
常に戦況を見通し、報せるべき事柄があれば警告する。それがアルフの役目だ。あまり戦うのは得意ではない。アルフにできるのは、挟み撃ちを目論んで狙いを定める槍使いのその攻撃の射線上に誘導しつつ。
「ほい」
挟み撃ちの一撃を避けて同士討ちさせるくらいである。きれいに交差したナイフと槍を横目に見やった。ナイフ使いの男が追い詰め、刃に気を取られたところを後ろから槍で刺すつもりだったのだろうが、この場を完璧に把握したアルフにはお見通しだ。
「さて新入り3人は…と」
こちらの方もしっかりと"観測"しておかなければ。
バルセナの場合、場の把握には鷹を使う。といってもアルフのように詳細に戦況を見通すことはできない。攻撃に巻き込まれない高度で旋回する鷹がバルセナに危機を伝える程度だ。だがバルセナにはそれでいい。それで足りる。
バルセナがそっと脚に手を添える。深く切れ込みの入ったスリットスカートをなぞりあげ、白くしなやかな指が太腿に到達する。左の太腿に巻かれた銀の装飾が入ったベルトをなぞる。
「"ヘレティック"」
そしてその名をそっと呼べば、身の丈ほどの棒がバルセナの手に出現した。赤黒い身をした六尺棒は細かな文様が彫ってある。ベルベニ族の伝統の模様で、ベルベニ族が信仰する風をイメージしてデザインされている。特に何ら特殊能力もないただの棒だ。だがそれをベルベニ族が振るえばどんなものよりも強力な武器になる。
「お、ベルベニ族の実力見せてもらおうか」
その様子を見たアルフが茶化す。口調こそ不真面目だがその目は真剣だ。
この世で最もしなやかな種族といわれるベルベニ族は歌と踊りを愛する。彼女らが信仰する風のように奔放な性情の裏には恐ろしい顔がある。それは狡猾な暗殺者という顔だ。そのしなやかな身体で相手の懐に潜り込む。風のように正体を掴ませず、隙間風のようにどこからともなく侵入し、鎌鼬のように鋭い一撃を浴びせる。
ゆえにベルベニ族が振るう武器はどんな暗器よりも勝る。バルセナが握るそれが、たかが硬く長い棒と侮ってはいけない。何も能力がないのは無能だからではない。何もなくても問題がないから必要ないのだ。
さてバルセナはどのような技術を見せるのだろうか。アルフが楽しそうに観測している間にも、すでに棒で数人をのしている。振りかぶって勢いをつけて殴りつけたり、槍のように急所を突いて次々と昏倒させている。ベルベニ族らしく、その一撃は心なしかリズムを刻んでいる。
まるでそれは踊りのようだった。歌と踊りの女神の指先に触れた者から地に伏せていく。裾が翻る。一瞬剥き出しになったしなやかな脚が地を蹴って急所を的確に突いていく。殴り倒された者の醜く呻く喘鳴さえ女神を讃える賛辞となる。
「お終い」
女神の舞が終わる頃には、バルセナの周囲に立っている人間は誰一人いなかった。




