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カミサマが助けてくれないので復讐します  作者: つくたん
貿易都市エルジュ
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ドラヴァキア山脈

武具。そしてその大元となる魔法。この世界には火、水、風、地、雷、樹、氷、聖、闇の9つの属性元素がある。魔力と武具の相性を決める部分にかかわるそれは、属性にそなわる性質を示す。

雷は激しく降り落ちる様子から神の怒りと罵りとされ、そこから転じて激情と罵倒を象徴する。すべてを飲み込み灰にする火は暴食を。すべてを閉じ込める氷は独占や嫉妬を。木の芽が芽生える様子から希望を。風は気まぐれや移り気。水は恵み。聖なる力は傲慢と懺悔。闇なる力は高慢と忠誠。そのように属性は様々な性情を象徴する。

そしてこの属性による象徴論は亜人の文化や宗教にも適用されるという説がある。旅と歌と踊りを愛するベルベニ族は風をことさらに尊ぶ。風の象徴する移り気な性質が性分に合っているからだ。その水を飲めばあらゆる知恵を授かるという"知識の泉"という伝承があるスルタン族は水を重んじる。知識は水のように湧いてくるものだと信仰している。

そのように、このドラヴァキア山脈に住まう竜族もまたある属性を重んじている。

「……地が哭いている」

赤茶けた大地に手をつき、竜族の女は呟いた。

何よりも尊い大地が哭いている。地面が、岩が、土が。震え嘆いている。我々の愛しき地が哭いている。不動の姿から堅牢さや安定を象徴するとされる地が不安定に哭いている。

「…大丈夫、きっと大丈夫…」

赤茶けた岩と砂しかないこのドラヴァキア山脈の麓にパンデモニウムとやらの砦がある。破壊の力に陵辱されたくなければ土地を明け渡せという要求に従って、竜族にとって何よりも尊い大地を奴らのために割譲してやった。土地を割譲してやるから手を出すなと不可侵条約を結んだ。パンデモニウムが出現してから5年間、その条約は破られていない。

だから大丈夫だ。侵略されはしない。破壊の力に陵辱されることはない。だって、もう。

「……私しかいないのだから」

この竜族の谷には彼女しか残っていない。不可侵条約の決断を下す前にすべて刈り取られてしまった。何もかも暴力の炎に飲まれ破壊の風に刻まれ略奪の洪水に沈められた。

竜族の崇める大地の属性は信徒たちに何も返さなかった。地は安定しているがゆえにその場を動く必要はない。ゆえにもうひとつの象徴は"怠惰"とされる。そのように、竜族全滅の憂き目に遭ってもなお大地はただそこにあるだけだった。

「条約に甘えきり…何もしないのは同罪、か…」

パンデモニウムの脅威は知っている。彼らが各地で何をしているかも。それを知ってなお立ち上がらないのは怠惰だと、とある貿易都市の自治組織の仮面をした反パンデモニウム組織の首領から言われた言葉を思い出す。

だがこの不可侵条約という堅牢な殻を破れば死んでしまう。この不均衡な均衡こそが安定しているのだ。たとえそれが怠惰と言われようとも、竜族唯一の生き残りである彼女はこの土地とともに生き残らなければならない。

「私はただ、見ているしかできない」

この堅牢なる怠惰の大地とともに。


ユグギルによって考案された作戦が伝達され、皆の準備が整った。各班それぞれに与えた空間転移の武具で砦に直接乗り込んで叩く。火を放ちつつ進軍し、合図があったら撤退する。大まかに言えばそういう作戦だった。

「俺たちは奥の方だな」

砦の内部がどうなっているかは知らないが、最奥あるいは中心部にあたる部分が猟矢たちの担当であった。奥に向けて進軍していくというより、外に脱出しながら戦うといった表現の方が似合う。

「そんな重要なところ任せて大丈夫なの?」

新入りにいきなりそんな重要な配置を任せるとは。そういうところはもっとこなれた古株がやるべきではないのか。重要なところを任せるということは信頼の証拠だろうが、そこまで新入りを信頼するものなのかと。

つい心配になって口を挟んだバルセナに、アルフは声を潜めて囁く。

「だいじょーぶだって。あいつらのジョーダンじゃねぇ強さ、身にしみて理解しただろ?」

ギダル村で見せた、あの身が竦むような強大な魔力。ビルスキールニル島の出身であるというアッシュヴィトはわかる。あの島は特別だからだ。

しかしあの猟矢という少年はどうだ。一見何の取り柄もない凡庸な子供と見せかけておいて、その身にはとんでもないものを秘めている。はっきり言ってしまえば尋常じゃない。未知数かつ未発達。今ですら底が見えないというのに、さらに成長する余地がある。いったい成熟した暁にはどれほどの術者になっているのやら。

その気になれば世界の法則のひとつやふたつ簡単に捻じ曲げてしまうのではないだろうか。どんなものも無に帰し、無に帰ったものを有に帰す。猟矢が願えばどんなことだって可能になるのではないか。

「あれは俺たちの希望なんだ。だったらやるべきは宝石箱の中に大事にしまっておくことじゃない。実践に出して鍛えることだ」

あれはまだ採掘されたばかりの鉱石も同然だ。鋳溶かして玉鋼に鍛えなければ剣にならない。神剣に鍛え上げなければ絶望は断てない。

「それに、やれると思ったから出すんだ。俺がそう"観測"したんだから大丈夫さ」


同時刻。砦に派遣されたパンデモニウム上層部の彼女は、ふぅ、と息を吐いた。

例のバハムクランとやらに邪魔されてディーテ大陸での活動が振るわないから何とかしてこいとは言われたものの。さてどうしたものやら。拠点にしているというエルジュの街を焼き払うのが一番早いだろうが、襲撃を察知して逃げられては元も子もない。それにあの街は交通や流通の要所である。失うには惜しい。

どうしたものやら。思案しているうちに、どうやらバハムクラン側にも動きがあったらしい。どうやら自分の来訪を知ってバハムクランが騒いでいるのだとか。

ギダルとかいう小さな村を襲撃したら返り討ちに遭ったという小隊の報告から事情を聞く。なんでも突風でフェディック川まで吹き飛ばされたのだとか。それをなしたのはアンシャルとかいう風の神。風の神を呼んだのは"灰色の賢者"と呼ばれる女で。

「"灰色の賢者"ねぇ…」

"灰色の賢者"。ディーテ大陸を中心に、ここのところパンデニウムに歯向かう人間だ。その存在をとても良く知っている。よかったじゃない、と彼女は背後を振り返った。

「ついに仇が討てるんじゃないかしら?」

「…あぁ」

闇に潜むように立っていた男が頷く。身の丈ほどの大剣を担いだ彼は地を這うような声で憎々しげに呟いた。

「…アッシュヴィト・リーズベルト…」

必ず、殺してやる。

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