初仕事
「さて、お前たちの班の仕事じゃが」
このエルジュの街の地理を覚えてもらうためにうってつけのものがある。バハムクランの新入りなら必ずやらされること。それは。
「荷の配達じゃ」
このエルジュの街は貿易都市。常に各地から貿易品が送られてくる。その中にはエルジュの街への配達物も含まれている。手紙であったり小包であったりするそれを配って回ることで自然と街の地理が覚えられるというわけだ。それを張り巡らされている裏道や路地の接続を覚えるまで続ける。
ルールはひとつ。何日かかってもいいから必ずすべて配達することだ。場所がわからないからと言って絶対に捨てることなどあってはならない。それは送り主の気持ちを踏みにじることと同じ。多少遅延してもいいし人に道を聞いてもいい。だから必ず届けるように。
「最初から完璧にやろうと思うなよ? 覚えが早くても、道聞きまくりの案内されまくりで10日くらいかかるもんだからな」
覚えれば数時間で終わる。そう言ったアルフは3人にエルジュの街の地図をそれぞれ渡す。大きな通りと主要な建物くらいしか書かれていない地図で、空白の部分が非常に多い。ここに自由に書き込んでメモすることで覚えさせるのだろう。
「俺とダルシーも同じ班だから、同じ仕事はやってやるよ」
すでに地理を覚えるための荷物配達の仕事は必要ないとしても、同じ班に振り分けられた以上は平等に。
完璧に記憶しているので意味はなくとも、この班に荷物配達の仕事が振り分けられたのだからやらないわけにはいかない。仕事は班の中で平等に担当するものだ。そうしなければ、やったかやらないかでいずれ揉め事になる。
「エルジュ宛ての荷物は5番港に置いてあるんだ。まずはそこまで徒歩で……」
「っ、大変だ!!」
徒歩で移動しよう、と言いかけたアルフに、突如として切羽詰った声が割り込んできた。
駆け込んできた男は、全速力で走ってきたのだろう、荒い息を整えようともせず言葉を紡ぐ。
「パンデモニウムの砦に、動きが…!」
機工都市ゴルグの南、フェデク川を挟んで対面のドラヴァキア山脈の麓に砦がある。ここをディーテ大陸の侵略支部の拠点としてパンデモニウムが駐在している。その砦に人の出入りがあったという。様子からして有象無象の雑兵ではない。幹部かそれに近しい、上層部の人間だ。
「やつらはここ最近、負け越してるからのぅ」
バハムクランによって略奪や破壊を未然に防がれている。もちろん完全に被害が防げているわけではないが、それでも破壊を好むパンデモニウムにとって面白くない事態だろう。
バハムクランとかいう正義気取りの集団相手には雑兵ごときでは話にならない。そういうような気概で上層部の人間が出てきたのだろう。
「悠長に構えている暇はないか」
バハムクランの拠点はエルジュにあるというのはあちらも知っているだろう。バハムクランを潰すならエルジュを丸ごと灰にするのが手っ取り早い。そしてその行為に何の躊躇もないだろう。やると決めたらやるはずだ。
仕方ない。ユグギルは長い息を吐いた。新入りには悪いが緊急事態だ。この場に全員集合するようにと通達する。
その通達からそれほど時間が経たないうちに、戦闘員として数えられている人員が続々と部屋に詰めかけてくる。あっという間に室内が人で埋まった。聞けばここに集まった者たちは各班の代表者で、実際の戦闘員はもっといる。エルジュの外に出ている者も含めればさらに膨れ上がる。
「さて、皆が集まったところで…攻城戦の作戦会議でも始めるとするかの」
バハムクランが取れる手はひとつ。攻められる前に攻め落とす。先制攻撃で砦を落とす。先に出向いてしまえば少なくともエルジュの街は戦火を免れる。たとえバハムクランが返り討ちに遭って全滅してもだ。全滅したらその時だ。仇は同胞に討ってもらうとしよう。肝要なのは、エルジュを守ること。この街はディーテ大陸の要だ。交通、物流、人の往来、あらゆる意味で重要だ。失うわけにはいかない。
「攻城戦は構わねーけど、ドラヴァキア山脈となると竜族が出てくるんじゃ?」
「その点については迅速な撤退によって接触を避けようと思う」
目的を果たしたらさっさとエルジュに戻る。砦の向こう、ドラヴァキア山脈に住まう民とは接触しない。
竜族とは、と問いたげな猟矢にユグギルが肩を竦める、かと思いきやそうはしなかった。世間知らずの田舎者めと罵られるかと思ったが、どうやら竜族について知らないのは無理もないようだ。
「竜族とはドラヴァキア山脈に住まう亜人での」
その山脈を聖地としているため、山から外に出ない。ゆえに人にはあまり知られることのない種族だ。同じディーテ大陸の人間でも、そういう種族がいる、と名前を聞く程度だ。
積極的に戦いを挑むことはなく、基本的に温厚で争いを避ける質だ。パンデモニウムへも、砦のための土地を貸すことで侵略と略奪の手を逃れている。
「角が生えてるんだ。…ノンナっているデショ?」
あれは背筋に沿うように長い角が生えている。あのように竜族は長い角をそなえている。耳とつむじの中間辺りから左右それぞれに、頭蓋に沿うように緩く湾曲した2本の角が生えている。骨というより髪や爪が発達してできた角だ。ノンナのそれのように頭から尻まで届くような長いのは稀で、たいてい生活の中で自然と折れたり欠けたりする。竜族の平均的な長さはだいたいうなじ程度。
「ソレデネ、竜族一番の特徴は」
武の種族、獣王と呼ばれるほど身体能力が発達している。武具に頼らず、鍛え上げた自らの肉体そのものが武器になる。もちろん武具を扱うことも可能だ。金属さえ片手で捻り上げることのできる竜族は武具に用いられる魔銀さえ文字通り握り潰して破壊する。
「そんなものが出てこられると、ちょっとコワイデショ?」
パンデモニウム砦の攻城戦を終えた時、竜族と一戦交える力は残っていないだろう。だからそれらが出てくる前に撤退する。
元々争いを避ける性情だ。無為に襲っては来ないだろうが、攻撃されると非常にまずい。あの規格外の身体能力に対抗する術はない。
そういうわけで、砦の雑兵をある程度駆逐し、派遣されてきた上層部の人間を片付ける。頭を失って混乱する砦に火を放ち撤退する。
「ということだ、お前さんたち。悪いがこの初任務、引き受けてくれるな?」




