海千山千
「さて、加入を認めた所で」
ざっと自分たちについて説明しておくべきだろう。少し長くややこしいが聞いてくれ、と椅子をすすめる。猟矢たちがそれに座り、茶が出され落ち着いた所でリーダーであるスルタン族の男は口を開いた。
「まずは自己紹介から始めようかの。己が名はユグギル・ベヘムト。バハムクランのリーダーである」
このクランの名は姓をそのまま名付けたものが訛ってそう呼ばれるようになった。エルジュの街を牛耳るクランである。クランとは特定の目的をもった集団のことをいう。
「己たちはとあるクランの末端でな。…母集団については聞いてくれるな」
そのあたりの重要な情報は実績をあげて信頼できるようになったら話すとしよう。とにかく、各地にいる複数のクランが集まった同盟であるということさえ覚えておけばいい。中心になったクランがあり、その集団から派生した。拠点地域や人員は違えど、志は皆同じである。
「我々バハムクランの担当はエルジュの治安維持での」
そして、パンデモニウムへの対抗である。このディーテ大陸からパンデモニウムの脅威を取り除くことが仕事だ。通報があればこの大陸中なら何処へでも向かう。猟矢たちの実力をはかるためと連行されたあのギダル村も通報があって駆けつけたものだ。
「お前たちはまだ新入り。しばらくは雑用を任せるから安心せい」
まずはエルジュの街の地形を覚えてもらうところからだ。何処にどう裏道があり、どの通路が何処に繋がっているのか。何処に果実売りや水売りに扮した団員が立ち、人通りに目を光らせているか。
そういうことを把握してもらってから徐々に足を伸ばし、このディーテ大陸の地理を完璧に覚えてもらう。
「ここまではいいかの、坊主ども」
問題なさそうならば団員の紹介に入ろう。街中の果実売りや水売りはおいおいとして、拠点に常駐している者の顔を覚えてもらうとしよう。まずはこの場に集合している人物たちからだ。つい、とユグギルが左端から指していく。
「"観測士"アルフ・アベット」
今までお前たちを案内していた男だ。狩人の出で立ちの彼を指してそう言う。
若いなりだがこう見えて情報収集能力と分析能力は誰よりも優れる。ゆえに観測士と呼ばれている。このクランの情報屋でもある。
まだ"観測"だけで、得た情報を用いて作戦を練ることは不得手だ。若造ゆえの未熟さが欠点だが成熟すれば大成するだろう。
そう紹介された彼は気さくに片手を挙げて挨拶する。ギダル村に駆けつけることを優先して名乗るのが遅れて悪かったな、と笑ってみせる。あえてあの時に名乗らなかったのは不採用の際に情報が外部に漏れることを警戒してのことだ。
「そしてその横が"耳無しアレイヴ"のダルシー・クァルスリーウ」
東の群島に住むアレイヴ族という亜人の出身だ。すらりと伸びた長い手足と、長く尖った耳が特徴で、その耳はどの種族よりも聴覚に優れる。
だが彼女はどういうわけかその長い耳を持たずに生まれてきた。ゆえに出来損ないの耳無しと呼ばれ、一族から迫害されていた。その一族の集落はパンデモニウムによって焼き払われ、生き残りである彼女もまた追われることとなった。その末にたどり着いたのがここというわけだ。
紹介を受けた彼女はほんの少しだけ頭を下げて目礼する。あまり愛想のいい方ではないらしい。褐色の肌の肩から銀髪がこぼれ落ちた。耳を隠すように切り揃えた髪を払う。
「その横がエルデナ・ダファリ」
まだまだ独立したばかりの武具職人だ。独立したてで製作数も少なく知名度は低いが、腕は確かだ。このクランの専属職人として働いている。あくまで職人であって戦闘員ではないので戦いは得意ではない。
本人の個人的な趣味で赤一色の衣装を着ているが、それを抜けば普通の人物だ。目立つような奇抜な色を好む派手好きなだけで。
「…と、まぁ今いる面子はこんなものかの」
他は各地に任務で出払っている。そのうち帰ってくるだろうからその時に覚えてもらうとしよう。
と、いうことでだ。ユグギルはアルフとダルシーを順に指す。その指を猟矢たちに向ける。
「うちは5人で1班での活動を基本としていての。新入り3人とアルフ、ダルシー。お主らでひとつの班としてもらおうか」
ちょうどクランメンバーに端数が出ていて困っていたところだ。それに、右も左も分からない新入りを世話するには情報屋がちょうどいい。スルタン族を知らないほど圧倒的に知識の不足している田舎者、魔術の始祖であるビルスキールニル島の生き残り、流浪の民のベルベニ族なら一族中で迫害されてきたダルシーの劣等感も薄まるだろう。常に石を投げられてきたその集落での暮らしは、世界のほんの小さな一部分だと自覚できれば多少愛想もよくなるに違いない。
「さて、チームも組めたところで任務じゃ」




