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カミサマが助けてくれないので復讐します  作者: つくたん
貿易都市エルジュ
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神を喚ぶ門

そんな2人の様子をよそに、アッシュヴィトは左手の人差し指に装備していた武具を発現させる。

「おいで、"インフェルノ"!」

アッシュヴィトがその名を呼ぶと同時に、彼女の背後の中空に巨大な石門が浮かび上がった。古めかしく、荘厳で重厚なつくりの門だ。居住まいの雰囲気で圧倒されそうなほど。

「行方知らぬ風たちよ、我が声に集え…」

普段口にする妙な片言ではない口調でアッシュヴィトは詠唱する。空気が変わった。門扉に紋章が光る。

「天を駆ける疾風の天姫、天空の手を掲げ薙ぎ払わん」

ゆっくりと点滅していた紋章は詠唱が紡がれていくに従って、まるで鼓動のように早くなっていく。

さぁ、来たれ。"灰色の賢者"と呼ばれし由来を。その力の一端を。見せてアゲルヨ、と崖上から眺めているだろうふたりに向かってそう呟いた。

猟矢があれだけの力を目覚めさせた。元々あれだけの力が眠っていたのだ。それならばその召喚者である自分とてそれ相応の力はある。はずだ。

はずだ、というのは自信が揺らいでいるからだ。自分は"灰色の賢者"と呼ばれるほど凄まじい力を持っている。だがあれを前にしてはその自信も崩れる。

神々を召喚し使役するアッシュヴィトの魔力さえ児戯に見えるほど、猟矢は強大な力を持っていた。

「……疾風の天姫、"アンシャル"!」

おいで、と叫ぶ。その声に応えて門が内側から勢い良く開け放たれる。

飛び出た勢いを殺し、音もなく、ふわりと降り立ったのは細い長布をまとった妙齢の女性だった。長くしなやかな白髪が風の流れに乗ってそよいだ。それはこの略奪の真っ最中の惨状には似つかわしくないほど厳かで美しい。

神を喚ぶ門"インフェルノ"。そこから呼び出された風の神は白とも銀ともつかぬ瞳でアッシュヴィトを見下ろした。

「愛おしき我が主。望みは?」

「パンデモニウム、ぶっ飛ばして。村人は飛ばしちゃダメダヨ」

「御意」

長い睫毛に彩られた瞳が少しだけ左右を見る。それだけの動作で風神アンシャルは敵とそうでないものの区別をつけた。

主の望みは敵の物理的排除。ともすれば枯れ枝と見間違えそうなほど華奢な手が翻る。手のひらの長さと同じくらいあるのではないかという長い爪をそなえた指を、つい、と払った。

その瞬間、突風が吹いた。吹きすさぶ風は強弱と気流を使い分け、略奪行為を行っているパンデモニウムの者だけを空中に巻き上げる。上昇気流を利用して上空に留め置く。

風は家屋をすり抜ける。窓から、壁の僅かな隙間から、破壊された扉から。あらゆる空間から忍び込んで標的を捕らえる。今まさに娘を陵辱しようと覆いかぶさった男だけを持ち上げ、屋根をぶち抜いて空に留める。

「な…っ!?」

下から風に押し上げられ、じたばたともがいても無駄だ。風神アンシャルが操る風は敵を地上に下ろすことを許さない。まるで重力など失せたかのように風で空高く持ち上げる。

「ボクが優しくてヨカッタネェ…」

風の刃で喉笛を切り裂いて殺してやってもよかったのだが、ここで殺してしまっては村を蹂躙するパンデモニウムと変わりない。それに、殺した死体を片付けるのは村人になる。そんなことを強いるわけにはいかない。

なので全員、風で吹っ飛ばしてやろう。村に戻れやしない距離まで突風で吹き払う。何処に着地するかまでは世話しない。海のど真ん中かもしれないし猛獣の住処かもしれないが、それはその時。アッシュヴィトが知ることではない。

「やっちゃえ」

「御意」

愛おしき主よ。色素の薄い唇がそう動いて長くしなやかな指が動く。上空に押し上げるだけだった風が指向性を持つ。円を描くように流れる風は竜巻となる。竜巻の回転の力で勢いをつけて、全員まとめてはるか遠くに放り出す。

「う、うわあああああぁぁぁぁぁ……」

遠くなっていく悲鳴の余韻さえ聞こえぬ距離よりも遠くへ。大陸ひとつまたぐかもしれない距離まで放り出した風の神はアッシュヴィトを見下ろす。これでよいか、と視線が問う。

「アリガト。戻って」

ぱちん、とアッシュヴィトが手を叩く。主の要請に従った風の神は、現れた時と同じように門の中に身を翻す。

「御機嫌よう、愛おしき我が主」

そう言い残して風の神は石門の中に消えた。ぎぃ、と軋んだ音を立てて閉じた門は出現の光景を逆再生したかのように門扉の模様を点滅させ、やがて指輪となってアッシュヴィトの手元に戻った。

それを指にはめ直し、アッシュヴィトは背後の崖を振り返る。どうだ、と自慢げに。これが神を従える者の力だ。"灰色の賢者"と呼ばれるその実力。しかと見たか。

「ヴィト!」

様子をうかがっていた猟矢がアッシュヴィトのもとへ駆け寄ってくる。

言われた通り、親子と妊婦を連れて物置の中で身を潜めていた。急に風が吹いたと思ったら、アッシュヴィトが知らない女性を従えていた。それは風の神で、彼女はその力を行使したのだと理解する頃には、パンデモニウムの者たちは皆はるか遠くに放り投げられていた。

「召喚魔法も武具かぁ…すごいなぁ…」

武器を呼び出す、空間を移動する。炎や氷を扱う。そのあたりは魔法らしい魔法だ。だからあまり驚かない。武具は他者を召喚できるのか。まぁそうでなければ猟矢をこの世界に召喚できないだろうが。

まるで一風変わった芸だというような感覚で猟矢が言う。そうダネ、とアッシュヴィトが応じた。神を喚ぶ力を見ても猟矢は動揺しない。自分よりはるかに及ばないと本能が理解しているから恐怖を感じないのだろう。本人は無自覚なようだが。

適合していないから使えないだけで、もし適合するならばアッシュヴィトよりも強力な神を呼び出せるだろう。恐ろしいとさえ思う。

「……で、どうカナ?」

ふとアッシュヴィトが背後を振り返る。こんなものでどうだろうか。いつの間にか崖から降りてきていたふたりに聞いてみる。

「あぁ、間違いない。本物だってのは認めるよ」

本来、面識のない相手と無闇に関わらないのが掟だが、この力を前にしたらその掟を破らざるをえない。なにせパンデモニウムに反する組織である我々は人手が足らない。これだけの強大な力を持つ人間がふたり、志も同じならば掟破りも文句は言えない。

「歓迎するよ。クランリーダーには俺が取り合ってやる」

その前に。ちらりと彼は周囲を見た。略奪の災禍に恐怖し、パンデモニウムがいなくなってもなお震える村人たち。

「村のケアのほうが先だ」

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