最初の一歩
「トリアエズ、また明日、エルジュに"ラド"で飛ぶヨ」
まだ昼過ぎだ。行こうと思えば今日中にでも行けるのだが、まずはお互いの人となりを知っておきたい。つい10分前に握手し合ったバルセナもだが、猟矢もだ。アッシュヴィトは猟矢の人となりを知らない。どういう人間で、どういう思考を持っているのか。すぐにすべてを把握するのは不可能だろうが、ある程度は。
「というワケで、オハナシしよ」
そういうわけで歓談の場を設けてみた。
「えぇぇ……」
さりとて話せと言われても。何から話せというのやら。簡単な自己紹介も済んだし、猟矢が異世界から召喚されてきた少年だというのも伝えた。バルセナはバルセナで、風の噂にアッシュヴィトのことを聞き、興味を持ったので接触を図ってみたというようなことくらいしか言わない。パンデモニウムとどんな因縁があるのか、外部の者との接触を嫌うバハムクランにどう接触するつもりなのかも話そうとしない。
ただ無事に機工都市ゴルグから貿易都市エルジュまで移動できればいいという考えのようだった。その対価としてバハムクランに渡りをつける。対価の支払い方など教えるつもりはない。どう接触するつもりなのか聞かれば少しは答えるつもりではあるようだが。
「思ったんだけど」
これまでの事態を整理した猟矢は、ふとあることに気付く。
なに、とバルセナが応じた。態度は相変わらず冷淡なままだ。どうしてこんな凡庸なものがこの場にいるのかという雰囲気をぴりぴりと感じる。世界を蹂躙するパンデモニウムに反旗を翻すというのに、こんな凡庸な人間が関わっていいものかと剣呑に猟矢を見やる。
「…バルセナさんは、その、"ラド"? だっけ? それは使わないんですか?」
道中までの同行を頼むと言ってきたが、バルセナは使えないのだろうか。あるいは持っていないのか。
一瞬で長い距離を移動できる転移武具"ラド"。あれが使えるならエルジュまでは一瞬ではないか。同行者を募る必要もない。
猟矢の疑問にバルセナはやれやれと肩を竦める。本当に何も知らない凡庸が、と声に出さないまでも表情が語っている。
「武具にはね、適性があるの」
歯車に例えられるそれだ。武具と魔力が噛み合わなければ発動できない。いくら強力な武具を持っていても適合しなければ意味がない。適合しないものを強引に発動すれば効果が適切に発動しない。合わないものを強引に発動させるのは馬鹿のやることで、相当切羽詰まった状況でもない限りまずしない。それがこの世界の常識だ。
「私はディメンションタイプに適性がなかった。だから使えないの。それだけ」
仮にアッシュヴィトの"ラド"を渡されても発動できないだろう。強引に発動すれば恐らくまったく別の場所に転移するか、腕一本だけ転移するだとか、そういう結果になる。
こんなことも説明しなければならないのか。バルセナは嘆息する。何も知らない異邦人。しかも凡庸。こんなのと行動を共にしなければならないという事態に頭痛がする。
「ま、でもボクが使えるからモンダイナイヨ」
その場の雰囲気をとりなすようにアッシュヴィトが言った。
そのまま今晩はゴルグの宿に泊まることとなった。一人一室の個室だ。バルセナは自分で宿代を払った。
ベッドの上であぐらをかいた猟矢は、むぅ、と唸った。目の前にはカード。"歩み始める者"だ。術者の想像を具現化する能力を秘めた武具だ。
これから旅をするにあたり、戦いはまず避けられない。だから戦うための力を作っておかなければならない。魔力がどういうものかまだわからないが、まずはやれるところから。想像力を武器として力となす。
武具屋の説明によれば、カードの文言を元に想像したもののみだ。文言は手帳にメモしてある。日本語で書いたのだが問題なく文書を読み出せる。辞書も日本語で表示される。これも異世界転移の際の補償のひとつである自動翻訳のおかげなのだろうか。それなら文字も訳されればいいのに。そう思いながら読めない文字が刻まれたカードを見る。
志願者による宿意。隠者による百識。侵略者による淘汰。犠牲者による防衛。指導者による標準。密告者による背反。熱狂者による理性。放浪者による騎行。どれから思いついてもいいといっていた。
「俺が自分で戦うとして」
武器を持つとするならなんだろうか。剣か盾か。槍、杖、斧、槌。否。やはり自分にはあれしかない。
猟矢は想像力を走らせる。今まで生きてきた中で、最も武器にしやすい馴染みあるものといえばあれだ。魔を祓う大弓を番える自分の姿を想像する。弓を番え、引き絞る。的へと向かって定めるのは。そう、標準。標準。示準、基準。狙い定めるもの。
「――"指導者による標準"」
カードが形を変えた。




