歌えや踊れ、人生という旅の中で
「わぁ…」
広場の中心にいたのは踊り子だった。桃色の髪を翻し、流麗な体捌きで舞っている。綺麗な薄緑色の目は右目だけ眼帯に覆われていた。音楽の代わりに曲を歌い、身の丈ほどの棒を用いて演舞を踊る。彼女の頭上で、ピィ、と鷹が鳴いた。
その踊りを眺める観客が、彼女の足元にある箱へ小銭を投げ入れていく。観衆に微笑んだ彼女は新たな歌を口ずさみ始めた。歌に合わせて手拍子が鳴る。
「ベルベニ族ダネ」
あの民族は歌と踊りが得意だ。そしてそれ以上に旅が好きな種族でもある。だからこうして旅をしながら歌と踊りで旅費を稼ぐのだ。
「歌と踊りと旅を愛する以外はヒトと変わらナイヨ」
「…ひとと?」
きょとんと猟矢が訊ねる。曰く。ベルベニ族は厳密には人間ではない。人間とほぼ変わらない容姿を持つが人間ではない。つまり亜人であるというのだ。
亜人は人間とは違う。それは寿命であったり文化であったり見た目であったり内包する魔力であったり。人種という括りでは違いすぎる。種族そのものが違う。
その亜人の中でもベルベニ族はとりわけ人間に近い。寿命も文化も変わらない。逸した放浪癖があるくらいだ。
「髪や目が鮮やかな色をしてるのが特徴カナ。キレイダヨネ」
鳥の尾羽根が色鮮やかなように。魚の鱗が彩り豊かなように。空の色が美しいように。
その容姿で、歌で、演舞で。見るものを虜にする。しかし魅了したものに構うことなく次の地へ旅立つ。風のような性分を持つのがベルベニ族だ。
人々を魅了するその音楽を背中に聞きながら、市場へと歩みを進めた。
さしあたって必要なものも揃え、休憩ついでに噴水のそばで座り込んでいる時だった。
ピィィ、と鳥の鳴き声がした。猟矢が目を向けると、噴水の頂点に鷹が止まっていた。猟矢と目が合った鷹は高く甲高い鳴き声を発すると、噴水を蹴って飛び立つ。羽ばたくことなく滑降した先。
「…あ、さっきの…」
先程の広場で見事な演舞を見せていた踊り子がいた。彼女の身の丈ほどの棒の先端に鷹が止まる。あの鷹は彼女のペットのようだ。褒めるように鷹を撫でた彼女はアッシュヴィトの前に歩み寄ってくる。
「見つけた」
形の良い唇がそう動いた。
「ナァニ? ボクはキミなんか知らナイケド」
真っ直ぐに彼女の左しかない目を見据えてアッシュヴィトが言う。彼女がこちらに向けているのは敵意ではない。だが何かを見極めようとしている目だった。
「…"灰色の賢者"でしょう?」
彼女が問う。うん、とアッシュヴィトが頷いた。隠すことでもないのであっさりと肯定する。"灰色の賢者"とはアッシュヴィトの通り名だ。パンデモニウムに対抗するために各地で色々としていたらいつの間にかそう呼ばれていた。
それを確認するということは、彼女はそちらの要件で用があるということだ。パンデモニウムに対抗するアッシュヴィトに、その対抗する姿勢について。
「私はバルセナ。バルセナ・ベルヴェルグ」
ご覧の通りのベルベニ族だと名乗ってみせた彼女は目線を合わせるためにアッシュヴィトの隣に座る。キィ、と抗議のように鷹が鳴いた。
「…で、これがハーブローク」
紹介するなら自分も、と言いたいのだろう。ばたばたと翼をばたつかせて存在を主張する鷹を指してバルセナと名乗った彼女は鷹を撫でる。
「要件は簡単。…バハムクランに渡りをつけたいのでしょう?」
貿易都市エルジュまで同行させて欲しい。その代わり、エルジュに無事着けばバハムクランとの接触を取り持ってやる。それがバルセナの要求だった。
「ふぅむ…どうしようカナ…」
この後エルジュに着いてからどうやって接触を持とうか考えていたところだ。あの集団は仲間からの仲介でないと第三者と接触したがらない。紹介がないアッシュヴィトが話をしたいと言っても取り付く島もないだろう。
なので仲介してくれるというならばありがたい話なのだが、彼女がバハムクランとどう関係があるのかわからない。素性がわからない以上、軽率に同行を許すわけにはいかない。
「はい先生」
成り行きを見守っていた猟矢が手を挙げる。それを知っている前提で話が進んでいるせいで、バハムクランとやらが何か知らない猟矢はすっかり話に置いてけぼりになっている。バハムクランとやらはなんだ。
質問の挙手でようやくバルセナは猟矢の存在に気がついたようだった。あまりに凡庸すぎて目に入らなかった。このいかにも無力そうな少年がアッシュヴィトの同行者かと冷ややかな気持ちにさえなる。
「バハムクランってのはネ、パンデモニウムの暴力に抵抗する組織…の末端ダネ」
まさに世界を蹂躙するパンデモニウムに対抗する組織だ。パンデモニウムが悪ならばこちらは善。善というほど綺麗でもないが、パンデモニウムに比べれば真っ当な組織だ。各地で暴力をほしいままにするパンデモニウムから護衛をしたり、破壊された集落に援助をしたり、略奪された物品を奪い返したり、そんな活動をしている。
母体組織は徹底的に秘匿されている。名前すら一般には知らされていない。何処からかやってきて蹂躙の暴力から助けてくれるのだ。統率の取れ具合からして何かしらの組織であるのは間違いない。その末端であると噂されているのが貿易都市エルジュの自治組織であるバハムクランという集団だ。
アッシュヴィトはバハムクランを足がかりにその対抗組織と接触を持ちたいと考えていた。同じくパンデモニウムに対抗するものとして、友好的に協力関係を結ぶ。それが彼女の復讐の第一歩だ。
「自分の世話くらい自分でするわ。…そこの彼より役に立つと思うけど?」
ちらりとバルセナが猟矢を見る。見れば見るほど凡庸極まりない。こんなものがあの"灰色の賢者"の同行者か。
「うーん…ボクは別にいいケド…サツヤはどう思う?」
「えっ」
どう、と言われても。アッシュヴィトが良いというなら良いと思う以外にない。見たところ敵意もないし、腹の底に何か隠している雰囲気もしていない。バルセナが実はパンデモニウムの一員で、対抗するものを一網打尽にしたいだとか、そんな感じもない。と思う。
自由と旅を愛する種族が、それを束縛される組織というものに加入したがっているというのは少し不思議だが、その主義を曲げなければならないほどパンデモニウムに思うところがあるのだろう。復讐心だとか恨みだとか。
「…いいんじゃないのか?」
「オッケー! ヨロシク、バルセナ!」




