歩み始める者
「さて、お前さんこの使い方はわかるかい?」
店主に問われ、猟矢は首を振る。それなら説明しよう、と店主は得意気に語り始めた。用途や能力の説明も武具売りの仕事らしい。
「その武具の名前は"歩み始める者"といってな」
曰く。術者が想像したものを反映して実現するのだという。術者によって想像の内容が違うことから、どういう風に成長するかわからない新人の姿に例えて名付けられた。カードの裏面には道を歩く人のレリーフが彫ってある。
「イメージといっても何でもいいわけじゃない」
カードの表面に書かれた文言からイメージしたものでなければならない。そう言われ、猟矢はカードを見る。が、この世界の字で書いてあるので読めない。
代わりにアッシュヴィトが読み上げた。志願者による宿意。隠者による百識。侵略者による淘汰。犠牲者による防衛。指導者による標準。密告者による背反。狂信者による理性。放浪者による騎行。
それらの文言から想像したものをそれぞれ能力として反映させる。想像の内容は問わない。あまりかけ離れたものでなければ連想に連想を重ね、文言とは一見関係のないものにしてもよい。
一度想像したものを変更することはできない。だが、一度にすべてを想像する必要はなく、思いついた順で構わない。そういうことだった。
「わかったならカードに触って魔力を流す。それが使用者登録代わりになるのさ」
その行為が武具に術者を認識させるという。触れてみろ、と促され曖昧な笑みを浮かべる。魔力を流せと言われても、そもそも魔力が何なのか理解できていない。できるはずもない。
「ま、どっか落ち着けるところでいくつか連想でもしてみな」
お題による連想ゲームだ。大雑把に決めれば細かい条件は武具側が整えてくれる。整えられた能力はきちんと術者に伝達されるから仕様を知らないことはない。
その説明に猟矢は頷く。夜寝る前に試しにひとつかふたつくらいは考えてみよう。
店主と別れ、大通りを歩く。が、"歩み始める者"以外に猟矢の目を引くものはなかった。もうこの街にはないのだろう。念のために他の通りも回ってみるかと聞かれるがやめておく。時間の無駄になる気がした。
「ソレナラ、ヒツヨウなモノでも買って宿に行こうか」
欲しいものはあるかと聞かれ、猟矢は首を振りかけ、あ、と思いつく。
「手帳とか、ノートとか、書くもの欲しいな」
この異世界で体験したことを書き留めるものがほしい。ついでに頭の中のアイデアをメモできたらいい。書き留めて持ち運べるなら装丁は何でも構わない。そう猟矢が言う。
「オッケー。ちょうどイイのがあるヨ。しかも目の前にネ」
そう言ったアッシュヴィトはふらりと目の前の店に入っていく。看板が読めない猟矢のために、文具店、とついでに読み上げた。
こうやって欲しいと思った時に、欲しいものを売っている店が目の前にある偶然も神による引き合わせか。そう思いながら猟矢もそれに続く。
古書のにおいが充満する店内は大通りの喧騒とは隔絶されている。かちこちと時計の針の音だけが響いていた。
無造作に積まれた手帳のうちひとつをアッシュヴィトが手に取って猟矢に渡す。革張りの手帳のふちを銀の装飾が飾っている。背表紙にはペンが刺さっていた。
これも武具のひとつなのだそうだ。低級すぎて誰にでも扱える便利用品の方に含まれるものだが。
「書き込むとソノ情報が記録される手帳。ついでに辞書つきだって…こういうのでイイカナ?」
何かを調べようと思って開けばその情報が記載されている辞書となり、何かを書きつけようと思って開けば白紙のメモ用紙となる。過去に書き込んだ内容を読もうと思って開けばそのページが出る。そういう機能を備えているのでページは実質無限。
しかも文書を校閲した後に清書して整理して保存される。さらには書き損じの修正までしてくれる。おまけに中身を覗かれないよう印をつければ手帳の持ち主以外は閲覧できないようになっている。
「すげぇ便利…」
予想以上に便利なものが出てきた。ただの紙の束かと思えば。
装丁と大きさが手頃なものをひとつ選ぶ。代金はアッシュヴィトが建て替えてくれた。宿や飲食代もそうだが、いつか自分の力で金が手に入った時にはアッシュヴィトに返済しようと心に決めた。
「あとは着替えくらいカナ…」
そしてそれらを収納するための武具。今まではアッシュヴィトのものに放り込んでいたが、猟矢専用のものを用意するべきだろう。低級の便利用品なのでそのあたりの適当な店で手に入るはずだ。
「欲しいモノあったら言ってネ」
文具店を出、それらのものが売っている中心街へと歩みを進める。ナニが要るかなぁ、とぼやくアッシュヴィトについていく。
中心街のど真ん中にある開けた広場に出る。人混みが途切れる。
猟矢の視界に長布が翻った。




