呼んでいる
「5万ルーギだな」
「ごっ…!?」
声を失ったのは猟矢だ。2人ぶんの1回の食事がだいたい4ルーギ、少々値が張るところで5ルーギ前後。宿は20ルーギも出せば高級な店に泊まれる。ちなみにスタテ村の宿は3ルーギだった。そんな物価で5万とは。
さすがのアッシュヴィトもそんな手持ちはないのか、表情が引きつっている。出せなくはない。ないのだが、ここで支払うとこのあとの旅路に支障が出る。一文無しになるのは御免こうむりたい。
「稀少な武具だからな。キロ島の領主お墨付きだぜ?」
「…キロ島って?」
小声でアッシュヴィトに問う。聞かれると予想していたのか、すぐに答えが返ってきた。
キロ島は武具の名産地だ。独自の文化を持つ島が制作する武具は少し変わったものが多い。そこを治める領主が監修して作り上げたもののひとつがこれらしい。領主が監修したということは効果は保証される。つまり、それなりに強力であるということだ。
強力、故に使い手を選ぶ。その特殊性故に高額の値段がつけられているという。
「…5万…かぁ…支払い"キャンセル"できないかな…」
ぼそりと猟矢が呟く。その瞬間、何処かで聞いたような道化の声がした。
「やぁやぁお困りかい! "ソール・オリエンス"の補償を適用しようか!」
「は…?」
唐突に耳元で聞こえた声。驚いて猟矢はあたりを見回した。だが近くには誰もいない。隣ではアッシュヴィトが不思議そうに猟矢を見ている。急に周囲を見渡した猟矢の様子を訝しんでいるようだった。
「おぉっと! この声は"帰りの輪"の適用者にしか聞こえない! 探したって無駄だよ!」
つまり猟矢にしか聞こえない声ということか。見渡すのを止めて、猟矢はその声に耳を傾ける。
曰く、異世界に召喚する武具である"ソール・オリエンス"の補償なのだという。異世界に召喚される猟矢にひとつだけ、武具ではない特殊な能力を与えられるのだと。
そういえばあの空間で道化に問われて答えた気がする。猟矢は思い出す。確かそう、学校の授業中に思いついた物語の主人公の能力だ。
1日ひとつだけ、すべての事象を"キャンセル"できる。否定する。打ち消す。なかったことにする。そんな内容だった。
その能力が猟矢に付与されているということは。はっと猟矢は目を見開く。気付いた様子の猟矢に道化が手を叩く。
「そう! ようやく思い出したようだね!」
この高額の支払いを"キャンセル"することができる。支払いを"キャンセル"することによって武具は無料で手に入るという算段か。
「……支払いを"キャンセル"」
補償として与えられた能力を適用しようか。道化の声に頷く。受理したよ、とふざけた声がした。ついでに答えるなら言語翻訳能力はサービスのひとつだよ、という声を残して道化の声は消えた。
「…サツヤ?」
「あー、うん…大丈夫」
どう説明したものか。細かいことは後でいい。どうしたの、と訝しむアッシュヴィトに何でもないといったように首を振る。値段の高額さに一瞬意識を失っていたとでも言ってごまかしておく。
「ソレデ、えぇと、5万だっけ…?」
異世界に召喚された猟矢の面倒を見ると言った手前、ここで財布事情を理由に過ぎ去るのはプライドが許さない。無一文になるが仕方ない。猟矢のぶんの食事と宿代さえあればあとは我慢しよう。自分は野宿でいい。
支払いの覚悟を決めたアッシュヴィトに店主は首を振る。
「いくら稀少とはいえ、いつまでも売れなけりゃ宝の持ち腐れだ、持っていけ」
こんなに引かれ合う術者が目の前にいる。ここで値段を理由に別れるのは惜しいだろう。せっかく適合しているのだから使えばいい。
次に適合する人間が客として訪れるのはいつかわからない。仮に現れても値段を理由に辞退するかもしれない。そうしたらいつまでも売れない。宝の持ち腐れだ。それならここで猟矢に譲る。そういう論法を展開しながら店主は化粧箱のそれを猟矢に渡す。
どうやら猟矢に与えられた補償は無事適用されたようだ。高額の支払いは無事に"なかったこと"になった。
「…ドウイウ風の吹き回し?」
「いいんじゃないのか?」
くれるっていうなら貰っておけばいい。しれっと化粧箱を受け取った猟矢は首を傾げるアッシュヴィトに笑いかけた。




