買い物
「で、ヴィト。疑問なんだけど」
あって当たり前のように話されているが、待って欲しい。
猟矢はただの男子高校生である。武具だの魔力だのとは無縁の世界にいた人間だ。それなのに、武具を扱え魔力がある前提で話されても困る。
こうして適性が割り出された。そしてこの後に武具を渡されるのだろう。だが渡されたところで扱える気がしない。困った様子の猟矢に、アッシュヴィトはきょとんとした顔で問う。
「キミは手を挙げるのにセツメイが必要ナノ? ゴハンを咀嚼して飲み込むコトに指導がヒツヨウ?」
まるで信じられないといったように問う。呼吸のように当たり前の行為だ。呼吸の方法を訊ねるだろうか。歩くということに指導が必要だろうか。
鼓動のように意識せずとも当然できる行為だ。それを問うことのほうが愚かしい。そういったふうのアッシュヴィトの口ぶりに猟矢は頭を抱える。
「ま、何とかなると思うヨ」
鳥が空を飛ぶのと同じように。獣が地を走るように。それが必要であり、そしてその能力が備わっているならばできるはずだ。
「だといいんだけどなぁ……」
「ダイジョーブ、なんとかなるヨ」
なにせ武具というものはただの火打ち石代わりに使うほどありふれたものだ。その程度の低級のものならまず使い手は選ばない。そのあたりを歩いている主婦だって使える。
神を使役するだの空間を移動するだの大仰なものは流石に使い手を選ぶが、ごくありふれた低級のものならおそらくは扱える。それならあとは使い方の問題だ。たかが火打ち石程度の低級のものでも油と組み合わせて火炎瓶でも作ればそれなりに威力のある武器にはなる。
なので猟矢もおそらく問題なく扱えるはずだ。問題は、どの程度の等級まで扱えるかだ。家事に用いるような誰にでも扱える最低級のものしか使えないのか、それとも世界に一人だけしか扱えないような超上級の武具を扱えるのか。ちなみにアッシュヴィトは後者に入る。
「ま、コレでサツヤの適性はわかったワケだし…買いに行くとするカナ」
占いではウェポンタイプ、つまり武器に変じるものに適性があると出た。なら、ウェポンタイプの武具ばかりを扱う店を重点的に回ればいい。
機工都市ゴルグは計画的に開発された都市だ。地区ごとに販売する武具が違う。雑多な生活用品を扱う中心部の市場を中央に据えて、武具の分類ごとに四方に分かれる。ウェポンタイプの武具は都市の東側の大通りだ。
「テキトーに歩くから、なんか気になったモノがあったら教えてネ」
曰く。武具は誰にでも扱えるものではない。最低級の家庭用品代わりのものはともかく、戦いの装備を目的としたものとなると向き不向きが出てくる。
武具と魔力の関係は歯車に似る。歯が噛み合わなければ装置は円滑に作動しない。多少のずれは許容されるが、徹底的に合わないものは合わない。それが武具と魔力の適性の話だ。
そして武具と術者は引かれ合う。どういうわけか、それを扱える者のもとに武具が自然と集まってくるのだ。戦いに身を置く覚悟を決めた者のもとには、自身が発動できる武具が必ず訪れる。それはまるで磁石のように。
「つまり、俺がゴルグに来たことは必然?」
「そ。カミサマに仕組まれた必然。キミがココで武具に出会えるように、カミサマが事前にこの街にキミに合う武具を置いた」
運命論だがそういうことだ。そうでもないと説明がつかないほど必ずそうなる。
「そして、武具とキミが出会うのも必然。…ダカラ、この街でゼッタイに見つかる」
そういうものなのだ、と説明したアッシュヴィトは東の大通りへ向かって歩きはじめた。
露店がひしめく大通りなので売り子の宣伝で騒がしいかと思っていたら、猟矢の予想に反して喧騒はそれほどでもなかった。人の往来は多いので静かというわけでもないが、売り子の客引きの声が聞こえない。
術者と武具は引かれ合う。使えるかどうかもわからない有象無象にわざわざ売り込まずとも、店には自然と扱える者が訪れる。だからわざわざ客引きをするまでもないということなのだろう。
「ウィンドウショッピングみたいなモノだと思って、気楽に歩こ」
ただ、気になったものがあるなら教えて欲しい、と言う。引かれ合う法則に従うのなら、猟矢が気になったものはつまり猟矢が扱えるものだからだ。
気になれば気になるほど適正があるということ。適性があるのなら、発動ができる。
そう説明しながら歩くアッシュヴィトについていく。気になるもの、と言われても、露店に並べられたものはどれも同じに見える。指輪、腕輪、耳飾り、首飾り。腰に巻き付ける飾り。ひとつひとつデザインは違うが、猟矢からすればただの装飾品にしか見えない。
「……あ」
通りの一角、羅紗の布の上に無造作に並べた露店に猟矢の目が止まる。化粧箱の中にきれいに収められたカードだった。表には猟矢には読めない文字がびっしりと書いてあり、そのふちを細かい模様が飾っている。
猟矢の目には、妙にそれが綺麗だと思った。逸らすことが難しいほど目を奪われる。そのカードから妙に目が離せない。このまま過ぎ去るには惜しい気がする。成程、この感覚が武具と引き合うということか。
「コレ?」
アッシュヴィトの確認の問いにカードから目を離さないまま頷く。一瞬たりとも目が逸らせない妙な圧力を感じる。
その様子を感じ取った店主が猟矢を見る。引き合ったな、と呟いた。この世界では当たり前の光景なのでそう珍しがることもない。ここまで強く引かれることは滅多にないが、ないわけでもない。
「…オニイサン、コレいくら?」




