第53話 ドライブ
細切れに書いていたものなので変な感じです。
「はあ!?あ、あんたの運転?なんで私が付き合わないといけないんだよっ!?」
目の前で手を合わせて頼み込んでくる友人、立木茉美に対して私は露骨に嫌な顔をしてみせた。いや、実際ほんとうに嫌なのだ。
「お願いよぉ〜、あんたなんとかライセンス持ってんでしょ?運転といったら美香しかいない!って思ったのよ〜」
こいつに国内の自動車レースに参加できるライセンスの取得を自慢するんじゃなかった・・・
とにかく私はこいつの運転する車の助手席になど乗りたくはない。なので「い・や・だ!!」と思い切り強く拒否した。
すると、茉美は「そっか。無理なこと言ってごめん」と言った。
あまりにあっさりと退いたので訝しんでいると、茉美は「家族旅行で温泉に行こうと思っててさ。私の運転で行ければカッコいいところを勇気くんに見せられるかな、って思ったのよ。協力してくれたら美香にも色々、ねぇ。うん、そう思ったんだけどあんたが嫌なら」と言い始めた。
勇気くんを出すのはズルい!私が逡巡したのを茉美は見逃さなかった。と言うより、勇気くんの名前を出せば私が食いつくと思ったのだろう。悔しいが、その通りだ。
「公道はどのくらい走ってない?」と私が聞くと、茉美は「13年!」と悪びれもせず答えた。
軽い眩暈を覚えると同時に、事故を起こさないための最善の策は「運転しないこと」だと悟った。
私は「じゃあ、とりあえず練習場で見てやるから仕事終わったら待ってなさい」と茉美に言うと、茉美は「ありがとー!持つべきものは頼りになる友人だねっ」と呑気に笑っている。
私はそれよりもさっきの色々云々がとても気になっていた。
「それより。さっき協力したら色々とか言ってたじゃない?それって具体的にどういうこと?」と茉美に聞いてみると「ああ、それね。うーん、まあ、宅飲み第2回とか?」と曖昧に答えた。
こいつ私を舐めてる。こいつの運転に付き合うには対価が安すぎだ。
私が「それはちょっと私を見くびりすぎじゃないですかね、茉美さん。宅飲み、それも魅力的だね。でもね、ある意味命の危険があることをするわけよね?だったらもう少し私がいい目をみてもいいんじゃない?」と逃げを打つと茉美は焦って「待った!分かった。今回は無理だけど次回!美香さんも旅行にご招待、ってのはどう?」といきなり掛け金を吊り上げた。旅行!
「え?泊まりで!?勇気くんと一緒の部屋に寝ていいの!?」と私が言うと茉美は「それはダメだ!絶対ダメ!でも、美香さまにも役得は絶対にさせますので!何卒!」と頼みこんできた。ここは少し退いて手打ちにしよう。
「分かった。私とあんたで結託して休みを取る!そしてみんなで旅行!私に役得!それでいいね?」と言うと、美香は「うん・・・」としぶしぶ頷いた。
よし!これでモチベーションうなぎのぼりだわ!なんとかしてこいつの運転を向上させて勇気くんと旅行だー!
心の中でえいえいおー!!と自分を鼓舞すると、茉美にどうやってまともな運転を、しかも短期間で修得させようか計画を立て始める。
時は遡り、前日の立木家。
私はドキドキしながら勇気くんに「勇気くん、あのね、母さんちょっとした休暇が取れそうなの。今度の連休、みんなで温泉旅行なんてどうかな?って思うんだけど」と言った。幸恵もさりげなくリビングのソファーの上で事の成り行きを見守っている。
おそらく幸恵も祈るような気持ちだろう。
勇気くんは「家族旅行!?行きたい行きたい!」と、すごく喜んでくれた。普通、家族で旅行なんて男の子は断固拒否!というもの。勇気くんのやさしさに涙がでそうになった。
幸恵も見えないようにガッツポーズを取っている。
しかし、その後私は少しだけ困った状況に陥ってしまった。
移動手段、という話になった時に勇気くんが「母さんの運転、見てみたいな」とにっこり笑って言ったのだ。もちろん勇気くんに悪意はない。
幸恵も私の運転に関しては知らない。苦手です、なんて言えない。
私は「運転ね!レンタカーになるけど、どんな車種がいいかな?母さん、何でも運転できるから!そりゃもうプロもびっくりよ!」という、しょうもない見栄を張ってしまった。
やっちまった、と思ったが勇気くんが目を輝かせてすごいすごい!と言ってくれた。もう、あとには退けない。
そして、美香との運転練習となった。
郊外にある古いサーキットの跡地が練習場だ。美香の愛車で練習すると思っていたけど、美香は「いや、私のセカンドカーを使うから。愛車がお釈迦になるぐらいなら、セカンドカーに犠牲になってもらおう」と悲しそうに言った。
失礼な。私の運転は、たしかにあまり上手くはない。いや、正直苦手かも。でも、そんな車をボコボコにするほど酷いものではないはずだ!
美香のセカンドカーは中排気量のオートマチック車だった。私が「マニュアルの方がカッコよく見えないかな?」と言うと、美香は真面目な顔で私の肩に手を置くと「勇気くんと幸恵ちゃんを危険に晒してはいけない。悪いことは言わないからオートマにしときなさい!」と言った。
普段とは全く違う美香の真剣さに私はつい「わかりました・・・」と敬語で答えてしまった。
とにかく運転してみよう、ということで私は13年ぶりに車の運転席に座った。へえー、今の車って色々変わってるからよく分かんないな。
美香に「どっちがアクセルだっけ?」と聞くと、美香は頭を抱えて「右だよ・・・」と答えた。
その後、ウィンカーとワイパーの違い、ギアの入れ方などを教わった。
美香に「大体思い出した。もう運転していい?」と聞くと、美香は持参してきたらしいレース用のヘルメットを着用した。そして「覚悟はできたよ・・・」と言い放った。どれだけ私を信用してないんだよ・・・
そしていよいよ運転。ギアをドライブに入れて、アクセルを踏み込むと、かなりの勢いで車が前進した。
びっくりしてブレーキを踏むと今度はものすごい勢いで車が停止。
美香に「いやー、最近の車はアクセルもブレーキも性能いいんだね!」と言うと美香は「ゆっくり・・・頼む、ゆっくり踏んでくれ・・・」と震える声で言った。
ここは真面目に練習しないとね。ゆっくり、ゆっくり・・・。今度は普通に発進できた!やったね!
その後、二時間ぐらい練習するとかなり運転には慣れてきた感じがする。美香も最初ほどは怖がっていないように見えた。これなら公道に出ても問題ないかも?
美香いわく「旅行までには公道に出られるようにしてあげるから、今はサーキットで基礎練習ね」と言うことだ。美香は心配性だなぁ、と思ったけど、勇気くんにもしものことがあったら大変だからね。美香先生の言うことはしっかり聞かないと。
まだまだ練習は必要みたいだ。




