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貴方は尊いのだから  作者: 若葉マーク
始まり
56/59

第50話 放課後のちょっとした冒険

授業終了のチャイムが鳴り響くと、生徒たちは安堵の表情を浮かべる。あるものは部活へと飛んでいき、あるものは「終わった終わったー!」と、いつもつるんでいる友人と帰りにどこに寄るか相談を始める。


そんな中、僕は少しだけ思案していた。

どうしても欲しい画集があるのだけど、大きな本屋は前に集団ナンパ未遂をされた中心街の本屋ぐらいで、僕の家から比較的近い本屋はそこまでの品揃えはない。

書店員の北嶋さんに頼めばきっと喜んで注文してくれるだろうし、ネットショッピングという手もある。

だけど、本に限らず探し物そのものが僕は好きだ。

思いもかけない逸品にめぐり合うこともできたりする。

だからなるべく自分の足で探したい。でも、あの繁華街は1人で歩くには少し怖い。

どうしたものかと思っていると、ある考えが浮かんだ。

丸山先輩に同行してもらう、というのはどうだろうか。もちろん先輩の都合が悪かったら諦めるけど、まだ学校にいてくれればお願いくらいはできそうだ。先輩とはマンガの趣味も合うし、何よりあまり背が高くないから気楽に話せる。

ということで、僕は丸山先輩にラインをしてみた。

「先輩、お疲れさまです。突然で申し訳ないんですが、もう下校してしまいましたか?」という文面で送ってみた。これでもう下校していたら今日は諦めよう。

ラインを送ってからすぐに返信が来た。

「こんにちは、立木くん!まだ学校にいるよ!どうしたの?」という文面だった。

僕は「実は、中心街にある書店に行きたいんですが、前にナンパされてしまって。それで少し怖いんです。もし、丸山先輩のご都合が良ければ、書店に付き合っていただけたらと思いまして」と送った。

すぐに「まちろん!!そんな危ない所に男の子を1人で行かせないよ!一緒に行くよ!すぐ合流しよう」という文章が返ってきた。

先輩は慌てていたのか、もちろん、と入れたかったと思しきところが、まちろん、となっていた。

先輩はやっぱり優しいな・・・。

校門で待っている旨をラインして、校門に向かった。少しだけ待っていると、後ろから「立木くん!」と声をかけられた。丸山先輩が息を切らせて立っていた。どうやら走ってきてくれたようだ。

先輩は「立木くん、お待たせ・・・、私がいるからには大船に乗ったつもりでいてね」と、やや緊張したような笑顔を見せてくれた。

僕が「急にすみません。こんなことをお願いしてしまって」とぺこりと頭を下げると、丸山先輩は「そんなことないよ!立木くんと本屋に行けるなんて、その、とっても、嬉しい・・・」と、顔を赤らめた。

僕が「ありがとうございます。僕も嬉しいです」と笑顔で答えると、先輩は顔をますます赤くしてしまった。

「そ、それじゃあ、行こうか」と、先輩は少しだけぎくしゃくと歩き出した。僕を守るという意識が強いのか、ほぼ僕を先導するようなポジションだ。

せっかくだしお喋りでもしながら向かいたいので、とてとてと先輩の横に移動して顔を覗き込んでみた。先輩は僕が隣に来たことに気がつかなかったのか、なにやら薄い笑みを浮かべて前を見据えていた。


僕が「先輩・・・?」と声をかけると、先輩はビクッと身震いをして「いっ、いつの間に!?いやっ!違うよ!?変な下心とかそんなのは、ないよ!?」と早口でまくし立てた。

「何も言ってないですよ・・?」と僕が言うと、先輩はぼそりと「ああ、失策・・・、私の、ダメなとこ」と、俯いてしまった。そして「立木くん、こんな奴と一緒になんて、無理してない?気を遣わなくていいんだよ・・・」と、自嘲気味に言った。

僕はそんなことを全く思っていなかったので「そんなことないです!先輩と一緒だと心強いです。それに、ほんとに嬉しいんです」と、きちんと先輩の目を見つめて言った。

先輩は「ほ、ほんとに・・・?」と、嬉しそうに問いかけてくる。僕が力強く頷くと、先輩はようやくいつもの雰囲気に戻ってくれたようだ。

2人並んで学校沿いを歩いていると、ランニング中のサッカー部員たちと行きあった。僕たちのことをチラリ、チラリと見ながら走り去って行く。僕たちはあまり気に留めもしないで歩いていた。


その後ろ姿を、ショックを受けたような表情で見つめている大柄なサッカー部員がいた。ランニングの足も完全に止まってしまっている。

それを見た他の部員が「どした?ツッチー?」と声をかけると、ツッチーと呼ばれた女生徒は「いえ、なんでもないです・・・」と、俯きながらランニングを再開した。あまり汗をかいている様子はないが、走った跡にはポタポタと雫が垂れていた。


下校中の生徒の注目を浴びながら、僕と丸山先輩は駅まで歩いてきた。

ぎこちなかった会話もだんだんと滑らかになってきて、電車に乗る頃にはかなり会話が弾むようになった。先輩も自然な笑顔を見せてくれている。

丸山先輩が男性専用車両に乗り込むわけにはいかなかったので、僕が普通の車両に乗ったのだが周りの乗客の視線が痛い。丸山先輩も気圧されているようだ。


7分後、目的地の中心街に到着すると、僕たちはさっさと電車を降りた。丸山先輩は「すごい、睨まれてた気がする・・・」と、若干ぐったりしてしまっている。でも、すぐに気を取り直したようで「さて!ここからはもっと危険だね!でも安心してね、立木くん。私が守るからね!」と、また先導するような位置についた。

例によって僕が隣に並ぶと、先輩は今度は照れたように笑った。そして「男の子と一緒に街に来るなんて初めてだよ。ちょっと緊張しちゃうな」と言う。

歩き始めてすぐ、先輩は「REI先生の書き下ろしイラスト集だよね?私も好きなんだ」と、ニコニコしながら言った。やっぱり先輩とは好みが合うみたいだ。

「マンガでもすごく綺麗な線で描いてますし、書き下ろしイラスト集はもっと精緻なものになってそうですよね。とっても楽しみです」と僕も笑顔を返した。


書店に向かう道すがらでも僕たちは注目を浴びた。女子大生と思しき集団からは「強引にナンパしちゃえばいけるって!」などと不穏な言葉が聞こえてきて、丸山先輩はとても緊張している様子だ。幸い、二人連れということもあってナンパもされずに目的の書店に着いた。

先輩は「無事に着いた・・・」と呟くと、僕の方に向き直り「じゃあ、画集のコーナーに行こうか」と笑顔を見せる。

僕が「先輩はなにか目的のものとかってありますか?」と聞いてみると、先輩は「私は今回は大丈夫だよ」と言った。僕が「じゃあ、先輩がなにかここに用事がある時には僕がお付き合いしますね」と微笑むと、先輩は「えっ!?また、来てくれるの?一緒に?」と驚いた表情をした。この提案は喜んでもらえたようだ。


目的の画集を買って書店を出ると、僕は「先輩、ほんとにありがとうございました。先輩はお時間大丈夫ですか?」と聞くと先輩は「全然!立木くんのためなら平気だよ!・・・この後?うん、特に急いではいないけど・・・?」と言った。

僕が「じゃあ、何か軽く食べていきませんか?お礼させてください」と言うと、先輩はとても驚いて「いやいやいや!お礼って!こっちがお礼したいぐらいだよ!立木くんが嫌じゃなかったら是非!というか、男の子にお金を出させるわけにはいかないよ!」とアタフタしている。

このままだとまた先輩の奢りになってしまう、と危惧したのでここは力押しで「僕がお礼したいんです。先輩、迷惑ですか?」とわざと困った表情をしてみた。


先輩は狼狽えながら「迷惑だなんてそんなこと一切ないよ!でも、いや、その・・・」と二の句を継げなくなっているので僕はやや強引に「じゃあ、チェーン店で申し訳ないんですけど、あそこのファミレスに行きましょう!この辺、あまり土地勘がないのでハズレを引くよりはマシだと思います」と少し笑いながら言うと、先輩は観念したのか「じゃあ・・・お世話になります」と、矜持と喜びのせめぎ合いのような表情をした。


ファミレスでも先輩は少し緊張しながらスイーツを食べていた。周りの客がとにかく丸山先輩を睨むぐらいの勢いで見ているのだ。僕は(あまりお礼にならなかったかな・・・)と少し反省した。ファミレスでは主に最近のマンガやアニメについて話して、その日は駅で先輩と別れた。


駅で別れる時も、先輩は手を振って見送ってくれた。

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