第48話 ももかん
病院から帰ってきてすぐに僕は熟睡してしまった。熱はかなり下がっているように感じたけど、やっぱり体力を消耗してしまっていたようだ。
熱のあるとき特有の変な夢をたくさん見た。部屋が小さくなってしまったり、見たことのない少女が微笑んで僕に何かを囁いていたり。
額に当たる冷たい感覚で夢から醒めた。母さんが心配そうに僕の顔を覗き込んでいて、僕の額には冷たいタオルが添えられていた。
「ありがとう、母さん」と僕が言うと、母さんは「勇気くん、何か欲しいものない?何でもすぐに用意するよ!」と言ってくれた。
僕は桃のゼリーが食べたかったのでその旨を伝えると、母さんは「すぐに産地直送の桃を手に入れて作るわ!待ってて!」と部屋を出て行こうとする。
僕は驚いて、「普通に売ってるので大丈夫だよ!」と母さんを制止した。
母さんは「でも、、、」と逡巡している。僕が重ねて「コンビニに売ってる、果肉入りのがいいな」と微笑むと、母さんはすぐに「わかったわ!あるだけ買ってくるね!」と言うと、「幸恵!留守番しててね!勇気くんのこと、よろしくね」と言い残して出かけていった。
すぐにさっちゃんが僕の部屋のドアを控えめにノックする。僕が「どうぞ」と言うと、さっちゃんはぎこちなく部屋に入ってきた。そして「お兄ちゃん、熱は下がった?大丈夫?」と、手を忙しなく動かしながら僕の近くに来る。
僕の額に手を当てたいのだろうな、と思ったので「熱は、どうかな?さっちゃんはどう思う?」と、少し微笑んでさっちゃんに頭を近づけてみた。
さっちゃんは真っ赤になりながら、「で、では、計測させていただきます」と、ぎくしゃくしながら僕の額に手を当てた。
僕はさっちゃんが可愛くて仕方がなくて、熱のせいもあったのかもしれないけど、少しお願いをしてみた。きっと喜んでくれそうなお願いを。
「さっちゃん、寝汗をかいちゃったみたい。悪いんだけど、背中を拭いてくれないかな?」と微笑む。
さっちゃんは「えっ!?私が、お兄ちゃん、の、背中を!?拭いてもいいのっ!!?」と興奮気味に言う。
僕は「うん、悪いけど、濡れタオルを持ってきてくれると助かるな」と、にっこり笑ってさっちゃんに言った。
さっちゃんは「すぐに準備するから!待っててね!」と、脱兎のごとく部屋を出て行ってしまった。
間も無く、本当に間も無くさっちゃんが部屋に戻ってきた。
「お、おまたせ、お兄ちゃん・・・」と、やや鼻息を荒くしながら言うと、濡れタオルを僕に見せた。
僕は「ありがとう、さっちゃん。じゃあ、お願いしてもいいかな?」と、パジャマの上を少しずつ脱いでいく。さっちゃんは目のやり場に困っているみたい。
パジャマの上を脱いで、前だけを隠してさっちゃんに「じゃあ、お願いできるかな?」と言った。
さっちゃんは「うん・・・優しく、するからね」と、僕のベッドに膝立ちのような格好で座る。
僕の背中に冷たい濡れタオルが押し当てられるのを感じた。僕が「んっ・・・」と声を漏らすと、さっちゃんは「冷たかった?ごめん、お兄ちゃん。でも、これは必要なことだから、どうしても必要だから。少し我慢してね、お願いね」と、完全に鼻息を荒くしてまくし立てる。
僕は「大丈夫、とっても気持ちいいよ。ありがとう、さっちゃん」と、少しだけ隠している胸の部分を緩めながら振り返った。
途端、さっちゃんは鼻を押さえながら「ごめん!お兄ちゃん!ごめん、鼻血、鼻血が・・・」と焦りながら持っていたタオルで鼻を押さえる。みるみるうちにタオルは真っ赤に染まっていき、さっちゃんは涙目になっていた。
僕は(イタズラしすぎた!)と後悔して慌ててパジャマを着るとさっちゃんにティッシュの箱を渡した。
さっちゃんはティッシュを鼻にぎゅうぎゅうと詰めていき、なんとか鼻血の噴出は食い止めた。しかし、表情は泣く一歩手前のようになっている。
「さっちゃん?えーと・・・」と僕が言うと、さっちゃんは鼻血のせいか涙のせいか、鼻声で「お兄ちゃん、ごめんなさい・・・お兄ちゃんが風邪で辛いのに私、変なこと考えて・・・」と、俯いて呟いた。
僕は慌てて「僕がお願いしたんだから、さっちゃんは何にも悪くないよ!」と、さっちゃんの頭を撫でる。
さっちゃんは僕の手が頭に触れた瞬間、ビクッと体を震わせた。僕に怒られると思ったみたいだ。
「さっちゃん、ほんとに気持ちよかったよ」と、にっこり笑いながら言うと、さっちゃんの鼻に詰められているティッシュが一気に真っ赤に染まった。さっちゃんはまた慌てふためいて「ごめんなさい、お兄ちゃん」と、僕に背を向けてしまった。
僕は「さっちゃん、いつも僕のこと心配してくれてありがとう」と、フォローしておいた。さっちゃんは安心してくれたのか、いつもの元気さを取り戻してくれたようだ。
ちなみに母さんは事の顛末を知ると、自分も僕の背中を拭きたがった。僕がさっちゃんと同じやりとりをしてみたら、鼻血こそ出さなかったものの手が震えっぱなしだった。




