第47話 巨人たちの邂逅
中途半端です。
立木さん・・・立木、勇気、さん・・・。私は何度目か分からない独り言を呟くと、愛車のシートにもたれかかるようにして宙に視線をやる。彼の笑顔が、声が忘れられない。
男性の警護という超一級のミッションをこなし、その後もクレームが入らなかったことで私の社内での評価はかなり上がった。
大内さんも我が事のように喜んでくれて、「田所!お前はやればできる奴だって思ってたよ。で、どうだった?男性、可愛い人だった?」と聞いてきた。
私は顔を真っ赤にしながら「とても可愛くて礼儀正しい男の子でした」と答えた。
大内さんは「礼儀正しくて容姿が整ってる?そんな天使みたいな男性がこの世に存在・・・する?」と、若干懐疑的だった。
私が警護のストレスで少しおかしくなっていると思ったのかもしれない。私がその後も立木さんについて力説するとようやく大内さんも信じてくれたようだ。
私は愛車のロードスターのシートにゆっくりと座りながら、立木さんのことをぼんやりと考えていた。いつまでも会社の駐車場にいると迷惑になるし、そろそろ帰ろうと思い車のエンジンを始動させる。
今日は早番だったのでまだ外は十分に明るい。少し郊外を流しながら帰ることに決めた。
その30分後、私は立木さんの住む街の駅前にロードスターを停めていた。
何をやっているんだ、私は。これではストーカーではないか。護衛対象者のプライバシーの配慮も何もあったものではない。こんな所を会社の人間に見つかったらとんでもないことになってしまう。
早く帰るべきだ、と思うほどに道行く人の中に立木さんの姿を探してしまう。護衛の時のデータで彼の家には自家用車がないことは分かっている。
駅までの距離と通学している高校の名前を鑑みるに彼は電車通学をしている確率が高い。だが、こんなことを考えて、彼を見つけようとしている行為がすでにマズい。私は本当にどうかしてしまったのだろうか?
下校時間らしく、駅前には元気そうな学生たちがあふれ始めた。私にもあんな時代があったなぁ、とふと懐かしい気持ちになる。
しばし学生たちの一団を眺めていると、私は奇妙な人物が駅前にいることに気がついた。駅の改札をしきりに見ているかなり大柄な女だ。
別に身長が2メートルを大きく超える日本人がいるのは何もおかしくはない。私だって一応194センチだ。そこそこ大柄な部類に入る。
奇妙なのはその行動だ。改札に特定の制服を着た生徒たちが来た瞬間、その大柄な女は学生たちをじっと眺める。まるで誰かを探すように。
私は、少し不安になった。あの制服は立木さんの通学している高校のものだ。まさか、あの女は立木さんをストーカーしているのでは?
そう思うと私は居ても立っても居られなくなってしまい、思わず車を降りてその女に声をかけてしまった。
警備会社のバッジをチラリと見せながら「誰かと待ち合わせですか?」と聞くと、私より頭一つ大きな女は私を警察と勘違いしたのか、慌てて取り繕うような言い訳を始めた。
「いや、自分は、その、電車に乗るところでありまして、別に待ち合わせとかそういうのではないです!」と完全に不審な答弁を始めた。
私が「さっきから20分はここに立ってますよね・・・?」と言うと、その女はますます狼狽しながら「ちっ、違います!変なことはしておりません!」と、半泣きになりながら言った。私はなんとなくこの女は正直者だ、と感じたので助け舟を出してやった。
「私は警察のものではありません。ただ、この駅の利用者に旧知のものがいますので、少し気になりましてね」となるべく柔らかく言った。
その女は大柄な体躯を縮めるようにしていたが、警察ではないという言葉に多少安心したようだ。
そして律儀に「旧知の方がおられるのに不安を煽るような行動をして申し訳ありません」と、身体を折って謝罪してきた。
私は少し慌てて「頭を上げてください!私の思い過ごしだと思いますので」と彼女に言う。そして、「あの制服の学校に知り合いでもいるんですか?」と軽い口調で言うと、彼女は見てわかるぐらいに冷や汗をかきながら、「いやー、そのー、知り合いといいますか、あの、その・・・」と口籠る。
怪しい・・・。
また立木さんストーカー疑惑が持ち上がってきたので私は「立木勇気さん」と、ぼそりと呟いてみた。すると彼女は足をガクガクと震わせながら、「すみません、すみません、お知り合いの方、でしたか・・・」と顔色を蒼白にしてうな垂れた。
やはり!と私は一気にこの女に対する警戒を強めた。下校途中の立木さんに狼藉を働くつもりだったのか?だとしたら即刻警察行きだ。いや、私がのしてやってもいい。
「ちょっと場所を変えましょうか、話をしましょう」と促すと女は大人しくついてきた。
人気のない路地に入ると、私は臨戦態勢を整えながら「立木勇気さんになにをするつもりだったのです?」と問うと、女は「なにも、なにもするつもりなど・・・」と俯くばかりだ。
「いつから彼を尾けてるんですか?」となおも問うと、女は「今日が、初めてです・・・先日、初めて会ったのです。私が勤務している会社に彼が来たんです」と言う。そして、「初めて会った時から、彼のことが忘れられなくて、今日、我慢できずにここに来てしまったんです・・・」
そこまで言うと、地面に膝をつき「迷惑をかけるつもりなんて、なかったのです・・・」と泣き出してしまった。
私は内心(泣くなんて根性のない奴だ)と思ったが、彼が会社に来た、という点に興味が湧いたので詳細を聞いてみると、彼の母親が自分が受付として働いている会社の社員で、先日会社のロビーで彼を接待したとのことだった。
私は非常に複雑な気分だった。どうやらストーカーになり始めているらしい。だが、正直言ってこの大柄女は一途すぎるだけのような気がする。
ここは私も胸襟を開き、諭してあげるのがいいかもしれない。
「そうでしたか。実は私も先日初めて立木勇気さんに会ったんです。病院への警護任務です。なので厳密に言うと知り合いというわけではないです。ですが、彼に何かをするつもりなら、私は黙っていませんよ」と言うと、女は泣きながら「一目だけでも、彼を見たかったんです・・・」と答えた。
その気持ちは分かる。と言うか、私もそういう目的でここに来たんだ、と改めて思ってしまった。
「これは何かの偶然だとは思いますが、今日初めてここに来たのなら、私と一緒です。今ならまだストーカーにならずに済みます。ここはひとつ、2人で一緒にここを立ち去りましょう。」となるべく優しく言うと、女はこくりと頷いた。
駅のパーキングロットに車を停め直し、女と一緒になるべく駅から離れた喫茶店に入った。女は泣き止んでトボトボと着いて来た。
「私の名前は田所凛と言います。あなたは?」と自己紹介をすると、女は「キヌガサ製薬で受付をしております、大村三枝と申します」と、俯きながら言った。




