第45話 カラオケ
ついにこの日が来ちゃったかぁ〜、と私は嘆息する。
同級生たちとの約束、お兄ちゃん同伴のカラオケの日だ。
同級生たちにお兄ちゃんを見せるのは正直嫌だけど、私もお兄ちゃんとのお出かけができるのは嬉しい。それに、同級生たちの前でお兄ちゃんに甘えてみせて自慢することもできる。
警戒するべき一人を除けば、あとは取るに足らない。きっとお兄ちゃんの前では緊張でまともに話せもしないだろう。
警戒すべき一人、それは沢村さんだ。プライベートでは全く絡んだことがないけど、プリクラとかSNSとかの写真を見る限りかなりのオシャレさんだ。
見てくれもいいし、何より楽しくて快活な性格をしている。
私だってオシャレに関しては気を遣っている方だと自認はしているけど、沢村さんは所謂「リア充」ってやつだ。
肉親以外の男性と「二人きりでお話」をしたことがあるらしい。
そんな超高いハードルを超えてしまっている彼女は今回のカラオケにおける最大の敵だ。
お兄ちゃんのことを好きになるのは仕方ないとして、その後妙なモーションをかけてこないか警戒しておかないと。お兄ちゃん、優しいからなぁ。きっとみんなに優しくしてくれるだろう。エナさんあたりはもうお兄ちゃんに夢中になっちゃうだろう。
まあ、エナさんは特に警戒はしなくていいだろうけど。
そろそろ、待ち合わせの時間だ。お兄ちゃんを呼びに行くと、もう準備ができていた。
今日のお兄ちゃんのコーディネートは緑色のテーパードタイプのパンツ、ショート丈の白いシャンブレーシャツの下に紺色のTシャツを着ている。うん、可愛い。ちょっとだけ見える足首がいいカンジ。
できればもう少し肌の露出が欲しいところだけど、今回は獣どもが相手だし、控えめな方が助かる。
中心街から二駅手前の町にカラオケ店がある。そこそこ設備の整っている店だ。エナさん曰く、「一番いい部屋を予約した」とのこと。
電車で町に向かう途中、お兄ちゃんに「今日は付き合わせちゃってごめんね」と言うと、「さっちゃんのお友達に会うのは初めてだから楽しみだよ」と笑顔での回答をもらった。あまり愛想よくしなくてもいいからね、と言いたかったところだけどそんなことを言うと私が狭量な人間だと思われそうだし、我慢だ。
やがて目的の町に到着した。カラオケ店は駅から近いので私たちの方が先に着きそうだ。お兄ちゃんにぺったりとくっついて待っているのもよし、もし彼女たちが先に店の前に待機しているようなら、それを視認した時点で腕を組めばいい。かなりの示威行為になるはずだ。
待ち合わせのカラオケ店には私たちの方が先に着いた。時間の15分前、彼女たちはおそらく近くの化粧室で自分たちの姿の最終チェックをしているってとこだろう。
待ち合わせ10分前、エナさん達が歩いてくるのが見えた。私はお兄ちゃんにぺったりとくっつき、仲の良さをアピール。エナさん達は私たちが先に待っているのに慌てたのかダッシュしてきた。
「た、立木さん、早かったんだね。お待たせしちゃってごめんなさい」とエナさんが言う。言葉こそ私に対してのものだが、視線はもうバッチリとお兄ちゃんにロックオンされている。
お兄ちゃんはエナさんを見ると「幸恵の兄の勇気です。いつも妹と仲良くしてくれてありがとう」とにっこり笑って言った。
途端にエナさんは顔を真っ赤にして「あ、は、いや、その、こ、こちらこそ、幸恵さんにはいつもよくしていただいて、おります」としどろもどろに答えた。
お兄ちゃんは続いて長野さんと沢村さん、坂下さんを見て「今日はよろしくね」とまたにっこり。
長野さんと坂下さんもまたエナさんと同じ反応を見せた。フリーズしてしまい、しどろもどろの回答。
意外だったのは沢村さんの反応だった。いつもの笑顔と感じのいいトークでお兄ちゃんに接近をしてくるだろうと思っていたんだけど、お兄ちゃんを目の前にして顔は4人の中で一番真っ赤、口をパクパクさせるだけでしどろもどろの回答すら出てこない。
沢村さんはお兄ちゃんにぺこり、と頭を下げるので精一杯みたい。ほんとうに意外だ。
とりあえず、ということで店の中へ入り、エナさんが部屋の確認をした。フリータイム、注文式のドリンクバー、揚げ物四品付きというなかなか気の利いたものだ。エナさん、遊び慣れているだけあってこういう所も抜かりがないんだなぁ、と私は感心した。
部屋はさすがに一番いいものだと言うだけあって広くて清潔だった。とりあえず、私とお兄ちゃんが隣り合って座り、テーブルを挟んでエナさん達が座った。
しばらくカラオケはしていなかったけど、音声とかマイクも自動調整してくれるみたい。
エナさんが片方のマイクを持って、「なー、なー」と発声している。最初はかなりエコーがかかっていたけど、すぐに快適な聞こえ方になった。
「これでオッケーです」とエナさんが言うと、お兄ちゃんが「すごいねぇ」とエナさんに笑顔を向ける
エナさんは「いやぁ、こ、このぐらいは慣れてるんで、は、はは」と嬉しそうだ。エナさん、一歩リードだ。
長野さんと坂下さんはドリンクメニュー表を持ちながらお兄ちゃんに近づこうとしている。だがそうはさせない。
私は「お兄ちゃん、最初の飲み物は何にする?」とドリンクメニュー表を掴むとお兄ちゃんと殆ど顔がくっつきそうなぐらい寄り添って言う。長野さんと坂下さんが残念そうな顔をしているけど、私もポイントを稼ぎたいんだ。
沢村さんは、4人の中で一番遠くに座って時々お兄ちゃんをチラチラ見ている。なんのアクションも起こさないのは甚だしく意外だ。
ドリンクの注文が済むと、誰が最初に歌うか?という空気になった。最初に歌うというのは、その後の盛り上がりにも関係してくるから皆慎重になっている。
結局、エナさんが最初に歌うことになった。無難な流行りの曲をチョイスしていた。
早くもなく、遅くもない曲を無難な歌唱力で歌いきると、エナさんは恥ずかしそうにマイクを置き、お兄ちゃんをチラリと見た。お兄ちゃんは「上手だね」とエナさんに笑顔を向けた。エナさんは「そんなことないです、ありがとう、ございます」と嬉しそうだ。
そこからは全員堰を切ったように歌い出した。長野さんはアップテンポな曲を、坂下さんはスローテンポな曲を歌った。沢村さんは洋楽の有名な曲を抜群の歌唱力で歌った。全員から拍手が起こる。沢村さんは歌っている最中は堂々としていたけど、歌い終わって拍手を浴びると途端に顔を赤らめて座ってしまう。お兄ちゃんは「すごい上手!」と沢村さんを褒めていた。
当の本人はお兄ちゃんからの賞賛に顔を真っ赤に染めてしまった。
私は当然、ラブソングを歌った。お兄ちゃんが隣にいるんだから当たり前の選曲だ。お兄ちゃんは「うまいうまい!」と褒めてくれた。本当は「お兄ちゃんに捧げます!」と宣言したかったところだけど、同級生の手前それはやめておいた。
女性陣が歌い終わると、全員がお兄ちゃんに注目する。何を歌うのかな・・・?
お兄ちゃんはあまり起伏の激しくない曲をチョイスした。全員、固唾を飲んでお兄ちゃんが歌うのを待っていた。お兄ちゃんが歌い始めると、エナさんは目をトロンとさせて、長野さんと坂下さんは耳まで真っ赤にして聴き入り、沢村さんはもはや天上にいるかのような恍惚とした表情になった。
お兄ちゃんが歌い終わると、全員から大きな拍手が送られた。お兄ちゃんは「ありがとう!」と笑顔で言った。とても素敵な笑顔で。
4時間ほどそんな感じでカラオケ店で過ごし、そろそろお開きというところで、エナさんが私に耳打ちしてきた。
「立木さん、お兄さんとデュエットしたいんだけど、ダメ、かな?」恐る恐る聞いてきた。
私としてはダメだったけど、最後にお兄ちゃんとデュエットできれば私も嬉しいし、ここはエナさんの提案に乗っておこう。
私はお兄ちゃんに「エナさんがお兄ちゃんとデュエットしたいって言ってるんだけど、どうかな?」と聞いてみた。「もちろんいいよ!」とお兄ちゃんは答えた。私は「エナさんの後、私ともデュエットしてくれるかな?」と重ねて聞いてみる。答えはイエスだった。
よし!と心の中でガッツポーズ。
エナさんにオッケーだと伝えると、エナさんはとても嬉しそうに顔を綻ばせながら、お兄ちゃんの隣に移動すると何を歌うか相談し始めた。他の面子は何事かと見守っている。
お兄ちゃんとエナさんはスタンダードなデュエット曲を選んだ。マイクを持った2人がモニターの前に立つと、長野さん達はすごく羨ましそうに2人のデュエットを見ている。
少しぐらいはサービスしてあげてもいいか、と私は長野さん達に「お願いすればデュエットしてくれると思うよ。ただし、あんまり長い曲はダメだよ」と耳打ちする。
長野さんと坂下さんは嬉しそうに「立木さん、ありがとう!」と小声でお礼を言ってきた。
沢村さんはモジモジしている。私が「沢村さんはいいの?」と聞いてみると、緊張しすぎちゃって歌えないかも・・・ということだった。
長野さんと坂下さんのデュエットのお願いにもお兄ちゃんは快く承諾してくれた。それぞれ、歌いやすいデュエット曲を歌った。歌い終わると、それぞれ感無量、と言った様子で席に座る。沢村さんはまだモジモジしている。私はそんな沢村さんの様子が可愛らしくて、お兄ちゃんに「沢村さんとも歌ってあげてもらっていい?」と聞いてみる。
お兄ちゃんは「もちろん!」と沢村さんの隣に移動すると、何を歌うか相談し始める。沢村さんはお兄ちゃんの顔をまともに見られない様子だ。
ちょっと時間がかかったけど、曲が決まったみたい。
お兄ちゃんは楽しげに、沢村さんはカチカチに緊張しながら、なんとかデュエットを終えた。
さあ、真打ち登場だ。私の出番。私は甘いラブソングのデュエット曲をチョイス。お兄ちゃんにぴったりくっ付き、視線を合わせながら歌いきった。このままお兄ちゃんに抱きつきたい・・・。
カラオケがお開きとなると、エナさん達はお兄ちゃんにそれぞれ「とても楽しかったです!」とお礼を述べていた。沢村さんは震える声で「あの、その、すごく、楽しかったです」とようやく言うことができていた。
お兄ちゃんは「こちらこそ!また誘ってね」と素敵な笑顔で答えた。




