第44話 お兄ちゃんの部屋
あんなこと、あんなこと言われるなんて・・・。
私はさっきお兄ちゃんに囁かれた愛の言葉を頭の中で無限リピートしながらベッドに寝転んだ。
愛の言葉だよね?あれは。「愛してるよ、さっちゃん」って聞こえた。多少脚色しちゃってるかもしれないけど、ほぼそんな言葉だった。うん。
お兄ちゃん、私も愛してるよ・・・。と、ぼそりと呟くと枕を顔に押し当ててベッドをゴロゴロ転げ回った。お兄ちゃん、バスケ部のあの大きな人のことが気になるみたいだったけど私が一番なんだ。アレは単なる応援だったんだね!安心したよ。
ご飯の時はもうどうしようもないぐらい舞い上がってたみたいで何を食べたかも覚えてないくらい。気づいたら自分の部屋にいた。
お兄ちゃんと一緒の貴重な時間を忘れちゃうなんて失態だけど、あんな愛の言葉を囁かれてしまっては舞い上がるのも仕方がないよね。
なんだか無性にお兄ちゃんに甘えたくなってきちゃった。部屋に行ったら入れてくれるかな?
レンタルしてきた映画のブルーレイを一緒に見ようって誘ってみようかな。前に借りたやつが数本ある。全部見ちゃったけど、お兄ちゃんとの二人っきりの時間のために見てないから一緒に見て欲しいってお願いしてみよう。
おにいちゃんの部屋のドアをノックすると、「は〜い」と可愛い声がした。そして、ドアが開かれた。
お兄ちゃんは「さっちゃん、どうしたの?」と微笑みながら聞いてきた。
私は「実は、この前映画をレンタルしてきたんだけど、まだ見てないのがあるの。ホラー映画なんだけど、一人で見るのちょっと怖いからお兄ちゃん、良かったら一緒にみてもらえないかなぁって思って」とお願いしてみる。怖いと言ったけどホラー映画は好きなジャンルだ。お兄ちゃんが嫌いだったら他のを「まだ見てない」と言えばいい。
お兄ちゃんは「ホラー映画?う、うん、いいよ」と承諾してくれた。あとはどうやってお兄ちゃんの部屋で鑑賞する流れに持っていくか、だ。
あれこれと策を巡らせていると、お兄ちゃんが「じゃあ、何か飲み物持ってくるから部屋に入って待ってて」と、サラッと私の入室を許可してくれた。
やった!と喜びながら、私はすぐに自分の部屋から映画のブルーレイを取ってくる。ストーリー自体は普通のホラーだけど、急に大きな音を出して驚かせるパターンが多い作品だ。うまくいけばお兄ちゃんがビックリして私の手とか身体に触れてくれるかもしれない。
そこはかとない期待を胸にお兄ちゃんの部屋を軽く見回す。綺麗に整頓された部屋だ。本棚には文庫本が目立つ。ハードカバーの本もチラホラ。お兄ちゃんの読書好きがうかがえる。
さすがにクローゼットを物色するのはマズイよね。漫画とかだと高確率でバレるし。大人しく待っていよう。
すぐにお兄ちゃんがジュースの入ったカップ2つを持って部屋に来た。私は床に置かれたテーブルの前で大人しく待っていたので、不審ではないはずだ。
お兄ちゃんに「持ってきておいてなんだけど、お兄ちゃんってホラーは大丈夫?」と聞いてみると、少しの間があった後、「大丈夫だよ・・・」とお兄ちゃんが答えた。これは、もしかしたら少し苦手なのかな?と焦る。「嫌だったら・・・」と言いかけるとお兄ちゃんが「大丈夫、大丈夫!嫌いじゃないんだけど、ビクッとしちゃう時があるかもしれないからさ」と、照れ臭そうに言う。もしかしたらお兄ちゃんが怖がってくっ付いてくれるかも!
期待が大きくなってきた。私が「じゃあ・・・」とプレイヤーにディスクを入れると、お兄ちゃんが「うん・・・」と若干引きつったような笑顔で答えた。そして、自然とテーブルの前で二人並ぶ。
映画が始まるとすぐに、気味の悪い音楽が流れ始める。お兄ちゃんは画面をしっかりと見ている。私はもう観ているから、お兄ちゃんのことをさり気なく観察しながらじりじりとお兄ちゃんとの距離を詰めていく。
映画は冒頭から中盤までは思わせぶりな展開で謎解き要素がある。画面に集中させて、いきなりガラスが割れる大きな音が出る。そこでまずは一つビックリ。お兄ちゃんは音が出た瞬間、ビクッと身体を動かした。私がかなり距離を詰めていることに気がつかないぐらいには集中して画面を見ている。
もう手と手が触れ合うぐらい近い・・・というところまで接近したところでまた大きな音。これはけっこう怖い感じ。すると、お兄ちゃんが「ひゃっ!」と小さく悲鳴をあげて身体を動かした。そして、お兄ちゃんの左手が私の右手に触れる。お兄ちゃんはけっこうビックリしたみたいで、私の手をぎゅっと握った。そして「あっ、ごめん!ビックリしちゃって」と、手を離そうとする。
私は「気にしないで!もし良かったらこのままでも・・・」と言うと、お兄ちゃんは「いいの?ありがとうさっちゃん。実は、ちょっと怖くて」と、私の手をいっそう握ってきた。小さくて可愛い掌が、細い指が私の大きめな手に重ねられる。幸せな瞬間。
私はもう映画の内容なんかどうでも良くなって、お兄ちゃんのすべすべの手の感触を堪能する。
その後も、怖いシーンがある度にお兄ちゃんは私の手をぎゅっと握った。可愛いなぁ、もう。映画が終わらないといいのに。
でも、物事には終わりがあるもの。映画はエンドロールを映し出していた。そこでお兄ちゃんは手を離した。名残惜しい。
「けっこう怖かったぁ」とお兄ちゃんが言う。私は(怖い夢を見ないように一緒に寝てあげようか、お兄ちゃん)と口説く妄想をしながら「うん、けっこう良くできたホラー映画だったね!」と言った。
当然、一緒に眠ることはできず今夜はお開きとなった。いつかお兄ちゃんとオールナイトで映画鑑賞会してみたいな。




