第43話 寄り道は注意深く その2
短いです。
母さんと一緒に会社を出ると、そのまま夕飯の買い物をすることになった。母さんは「何が食べたい?」とニコニコしながら僕に聞く。僕は、母さんが作るものなら何でも、と答えた。母さんは嬉しそうに「じゃあ、今日はハンバーグにしようか」と言った。
電車で帰るのかと思ったら、母さんはタクシーを呼ぶと言う。「電車だと勇気くんと離れ離れで乗らなきゃいけないから嫌!」とのことだ。
タクシーで家の近くのスーパーまで行き、そこで夕飯の材料を買い込んだ。以前さっちゃんと買い物をしたスーパーだ。母さんにその事を言うと、特にさっちゃんと腕を組んで買い物をした事をひどく羨ましがり、「母さんとも腕を組んで買い物してほしいなー」とリクエストを受ける。
僕は快諾して母さんの腕に絡みついた。母さんはとても嬉しそうにしている。
母さんの腕に絡みついた瞬間、周りの買い物客達からの視線が集中する。その視線に気圧されて、少しだけ怖くなってしまう。母さんの腕に強く体を寄せると、母さんは「気にしないのよ」と一言言うと、周りの買い物客達に鋭い視線を投げかけた。
僕たちを眺めていた買い物客達は急に視線を逸らすと、散り散りになっていく。
「さっ、買い物しましょ」と、母さんが機嫌よく歩き出す。ハンバーグの材料を買いながら、母さんは「また夢が一つ叶ったわ」とニコニコしながら言う。僕と二人で買い物をしたかったみたい。
「今度は中心街でゆっくり買い物しましょう!デートデート!なんでも買ってあげるからね!」と母さんが言ってきたので、僕は「二人で出掛けるだけで充分楽しいよ」と答えておいた。母さんは僕の言葉を聞くと涙ぐんでしまった。
買い物が終わり、店の外に出ると、母さんのリクエストで家まで腕を組んだまま歩くことにした。母さんはずっと嬉しそうに笑っている。僕は少し照れくさかったけど、母さんが喜んでくれるならそれが一番だ。
帰宅して玄関を開けるまで僕たちは腕を組んでいた。出迎えに来たさっちゃんが「なっ!?」と驚きの声を上げる。そして、「お兄ちゃん!コンビニとかに用事ないかな!?」と聞いてきた。母さんが「いまスーパー行ってきたばっかりだよ、何もないよ」と言うと、さっちゃんは「じゃあ、お兄ちゃん。リビングでテレビ見ようよ!」と僕の腕をグイグイ引っ張る。母さんは母さんで僕の腕をしっかりとホールドしたままなので引っ張り合いみたいなことになってしまった。
「母さん放してよ!散々腕組んでもらったんでしょ!?」とさっちゃんが言えば母さんは「全然足りませーん!このままリビングまで行きまーす」と答える。
二人とも僕の身を考えて強く引っ張ったりしないけどさすがに玄関で膠着状態というのもいけない。僕はさっちゃんの腕を逆に引くと、無理やり身体を引き寄せた。二人に挟まれるような形だ。さっちゃんは「おっ、お兄ちゃん!?」と驚いていたけど、すぐに僕の身体を少しでも自分にくっつけようと体を密着させてきた。
僕は「さあ、三人でリビングまでいこ!」と声をかける。母さんとさっちゃんはとりあえず納得してくれたみたい。僕はまるで捕まった宇宙人みたいにリビングまで二人に抱えられるようにして歩いた。
リビングに入ると、母さんはようやく僕の腕を放した。さっちゃんはすかさず僕を引っ張るとリビングのソファに座らせた。そして、「さっ!お兄ちゃん。テレビ見よっ!丁度実業団チームのバスケの試合やってるんだよ」と、ニコニコしながら僕の横に座る。
さっちゃんにあれこれと解説してもらううちに、選手の動き方がかなり分かってきた。さっちゃんに「小山さんがやってた動きだね!」と言うと、さっちゃんはなんだか少し拗ねているような感じになってしまった。
そして、「お兄ちゃん、もしかしてあの大きな人、好きなの?」と心配そうに聞く。僕は、まだ分からない。いい子であるとは思っているけど、好意とはまた違う気もする。
だからさっちゃんには「今はさっちゃんが好きだよ」と耳打ちしてあげた。その瞬間、さっちゃんはこれ以上ないほど顔を紅潮させた。そして、僕の瞳を真っ直ぐに見つめてきて、「私も、お兄ちゃんが、すき」と、途切れ途切れに言った。そして、ソファに倒れこんでしまった。実に幸せそうな笑顔でトリップしている。
そうこうするうちに、ハンバーグが出来て母さんが僕たちを夕飯だよと呼ぶ。母さんにお礼を言うと、「勇気くんのお礼を聞くとほんとに癒されるわねぇ、ご飯食べたら今度は母さんとテレビ見ようよ」と誘われた。すかさずさっちゃんが「みんなで見ればいいじゃん!」と言い返す。
こんな日常がとても幸せに感じる。
自室に入ってから、さっきの事をよく考えてみた。僕のことを好きだと思ってくれているような素振りを見せてくれる人もいる。でも、それはこの世界の恩恵。
僕は一体、誰のことが愛しくなるのだろう。
短編と同時進行で書いておりますので、遅筆も遅筆。




