閑話休題 この世界の理想の夫婦
後でこの設定でもう一作品書きたいです。
この世界では重婚を推進しており、なんとか男性の出生率を上げようと腐心している。男性は結婚をするとそれだけで一生働かずに生きていくことができる。政府から多額の補助金が出る上に、その男性と結婚した女性は妊娠するまで懸命に働いてその男性に貢ぎ続けるからだ。
中には、お金目当てではなく、本当に互いに愛し合って結婚する男女もいる。
映画での活動がメインの女優、志津川滝乃が結婚したパターンは、後者だった。滝乃が偶然立ち寄ったカフェに後の夫となる、中川悟史が読書をしながらコーヒーを飲んでいたのだ。
悟史の周りには空席がなく、女性客が密集していた。他の席はガラガラなのだが、その一角だけ人口過密状態になっている。
悟史は読書をしているが、手中の本のページは手繰られておらず、少し震えているように見えた。
そのうちに、周りにいる女性客の一人が悟史に話しかけた。ヘラヘラしながら何事か尋ねているようだ。悟史は、殆ど顔を上げずに、でも無視はせずに頷いたり、短い返事を返していた。すると、話しかけていた女が悟史に店の外に出よう、というようなジェスチャーをする。悟史は、最初は困ったような表情でやんわりと拒否していたようだったが、女が少々強引な態度になり始めると、明らかに怖がっているような表情になり、俯いてしまう。それでも女は強引に悟史を口説いている。
滝乃は、そこに割って入ると「ちょっと、困ってるでしょう。やめておいたら?」と言った。女は「嫌だって言ってないんだし、別に話しかけるぐらいいいじゃない」と、滝乃を睨みつけながら言う。
滝乃は、内心怖くて仕方ないのだが、どうにかして冷ややかな表情を作り、「やめとけって言ったんだよ。店にもこの男性にも迷惑がかかるでしょ?」と睨み返しながら言った。
長身で身体も引き締まり、作っているとは言え冷徹そうな表情をしている滝乃を見て、女は怯んだようだ。
「カッコつけてんじゃねえよ!」と、捨て台詞を残して店を出て行ってしまった。
滝乃はここでようやく身体の震えを解禁させた。他人の怒気を受けるのはやっぱり怖い。
滝乃も立ち去ろうとすると、悟史から声がかかった。
「あ、あの・・・ありがとう、ございました」頭を下げた悟史を見て、滝乃は声をかける。
「いいのいいの、ああいうのは無視したっていいんだよ」と、笑顔を作って悟史に言う。その時、初めて滝乃はまじまじと悟史の顔を見た。そして、その可愛らしさに驚いて、しばし凝視してしまう。
これではさっきのナンパ女とそう変わらない、と思って颯爽と立ち去ろうとコーヒーを注文するためにカウンターへと戻る。コーヒーをテイクアウトで、と注文して財布を出すと、すぐ横に悟史が立っていることに気づいた。
悟史は「あの、お礼にコーヒーをご馳走させてください」と、ぴょこんと頭を下げる。滝乃と身長差があるのでまるで大人が子供にコーヒーを買わせているように見える。滝乃は慌てて「そんなつもりじゃないから、ほんと気にしないで!」と悟史を制するが、悟史はその儚げな見た目より頑固なようで奢ると言って聞かない。滝乃は、こんな可愛い男性に奢ってもらえるなんて人生に一度あるかないかの幸運、と申し出を受けることにした。
コーヒーを待っている間、悟史は滝乃を見つめていた。滝乃は、男性と撮影以外でこんなに距離が近いのは初めてだ、とドキドキ高鳴る心臓の音を意識しながら悟史に時折笑顔を送る。
やがてコーヒーが出来上がり、滝乃の手に渡る。滝乃は悟史に礼を言うと、名残惜しみながら店外へと出た。男性から奢ってもらったコーヒー・・・、と思うと飲むのが勿体無くなってきた。家まで持って帰ろうかな、などと思っていると、また後ろから声をかけられた。
「あのっ、すみません!」
滝乃が振り返ると、悟史が真っ赤な顔をして立っていた。そして、「その、もし良かったら、どこかでお話し、しませんか?お時間あったらでいいので・・・」と言う。
滝乃は呆然としてしまった。え?逆ナン?いやいや、男性の方からナンパなんて、それは虚構の出来事だよね?などと頭の方は高速回転を始める。
すると、悟史は「あっ、やっぱり、いきなりご迷惑でしたよね・・・」と、俯いてしまう。
滝乃は「そんなことないよっ!大丈夫!時間あります!」と答えた。
そして二人は歩きながらコーヒーを飲み干し、滝乃の行きつけの喫茶店に行くことにした。コーヒーのハシゴね、などと余裕ぶった会話をしているが滝乃は内心これからどうしたらこの人と仲良くなれるか、ということを全力で考えていた。
悟史は滝乃と目が合うたびに可愛らしく笑う。滝乃はこの時点で悟史に蕩かされていた。喫茶店に入ると、悟史に改めてコーヒーショップでの出来事の礼を受けて、自分にできることならなんでもします!と言われた。
ん?いま何でもするって言った?と思った滝乃だったが、「大袈裟だなぁ、オンナとして当然のことをしただけだよ」と凜とした表情を作って答えた。本当は「何でもだね?じゃあ、結婚して下さい」と言いたかったところだ。
悟史はそれでもお礼がしたいと言うので、滝乃は「じゃあ、今度食事に付き合ってほしいな」と、あくまで軽い調子で言った。
悟史は快諾し、食事の場所や日取りを決めていく。滝乃は、自分はそこそこ顔も売れてきたし、名前ぐらいは知っててくれるかな、とそこはかとない期待を込めて自己紹介をした。悟史は今ひとつピンと来ていない様子だった。
自分はまだまだその程度の知名度だったか・・・と軽くヘコみつつも可愛らしい男性との食事の約束に心を躍らせていた。その日は互いの連絡先を交換して別れた。
自宅に帰ってから、まだ慣れない手つきで買ったばかりの携帯電話のメール機能を使う。ボタンを打つのが思ったより難しいのだ。ようやく、滝乃は「きようはさそつてくれてありがとうしよくじたのしみにしていますけいたいめるのつかいかたまだよくわからないのごめんなさい」という珍妙な文章を四苦八苦して悟史に送ることができた。
しばらく滝乃は携帯をじっと見ていた。もしかして、メールの内容がおかしくて引いてしまったのかな?と不安になってきたところで携帯がメールの来訪を知らせる。
滝乃はすぐにメール機能を起動させ、本文を読もうとするがなかなかうまくいかない。早く、早く!と説明書片手にボタンを押していくと、ようやく新規メールボックスにメール本文があることが分かった。
「こちらこそ、いきなりでごめんなさい。食事、僕もとても楽しみにしています。携帯の使い方、良かったら僕が教えますよ」とあった。
滝乃は嬉しくてベッドの上をゴロゴロ転がりながら、そのメールを何回も読み返した。
滝乃はよっぽど浮かれていたのか、仕事現場でもニコニコしっぱなしで、監督から「ホラー映画の主人公が笑ってんじゃないよ!」と怒られてしまった。
そして、約束の食事の日がやってきた。滝乃は念入りに自分の姿をチェックする。髪の毛は女らしく、短めに。化粧は薄く、さりげなく。香水は食事の邪魔をしないよう、石鹸系の爽やかなものをチョイスした。コーディネイトはスーツ。自慢じゃないけど長い手足を活かすには一番合っている。と思いたい。
待ち合わせ時間の30分前に待ち合わせ場所に行くと、悟史の姿があった。
滝乃が「あれっ?時間、間違えちゃったかな!?」と思わず大声を出してしまうと、悟史はにっこり笑って
「いいえ、大丈夫ですよ」と言う。そして、「待ちきれなくて、早く来ちゃいました」と少し照れたように言う。
悟史はとても男らしいファッションに身を包んでいる。緑色の丸首セーターの襟に白いシャツのカラーがのぞいている。下はベージュのチノパンをゆったりと履きこなしている。美脚は見られないが、これはこれでかなりいい、と滝乃は失礼にならない程度に悟史の姿を眺めた。
「私もそうなの、中川さんと食事だって思うと待ちきれなくて」と、悟史に言うと、悟史も嬉しそうに微笑む。その表情を見ただけで滝乃はもはや悟史に惚れてしまっている、と自覚する。自分と同じく、食事を楽しみにしていてくれて、待ち合わせには自分より早く来てくれて。滝乃は食事の後にはもう悟史に自分の想いを伝えようと決意していた。
しかし、今はとりあえず食事だ。予約しておいた地中海料理のレストランへと二人で歩く。道行く人々は可愛らしい悟史に視線を投げた後、隣の滝乃に嫉妬めいた視線をよこすが滝乃の職業に気がつく者もいて、殺気を含んだような視線からは逃れることができたので悟史は安心して滝乃のエスコートを受けられた。
レストランに到着すると、すぐに予約席へと通された。滝乃はカクテルを注文し、悟史に何を頼むか聞いた。悟史は意外にも酒に強いらしく、滝乃と同じものを注文した。
すぐに酒が運ばれてくると、二人は簡単に乾杯をする。滝乃は内心の緊張からかアルコール度数の高いカクテルを殆ど一気に飲み干してしまう。悟史はゆっくりと、味わうようにカクテルを飲む。
早くも視界がぼんやりとし始め、滝乃は少しだけ大胆に悟史に話しかけた。
「あの、中川さん。携帯メールの使い方、教えてもらえますか?」と言いながら悟史の隣に移動した。これは少しばかり賭けでもあった。これで引かれたら脈はない。
悟史は「いいですよ」と、にっこり笑いながら滝乃の携帯を覗き込む。体勢的には殆ど密着のような感じだ。滝乃はさりげなく悟史の香りを堪能しながら携帯メールのやり方を聞く。料理が運ばれてくる前に二人ともカクテルをもう一杯頼む。
滝乃は早くも顔が紅潮し始めるが、悟史は涼しい顔をして二杯目のカクテルに口をつけている。その仕草に目を奪われるが、なんとか意識を携帯に集中させる。
携帯メールの打ち方を教えてもらい、主に文字変換に難のあった滝乃のメールはかなりマシなものになった。そこで、料理が運ばれてくる。
「美味しそうですね」と、悟史がまたもにっこりと笑いながら言う。滝乃は「ここは穴場なんですよ。私は自分へのご褒美の時に来たりします」と答えると、悟史は初めて滝乃の職業に疑問を持ったようだ。
「あの、志津川さんはどんなお仕事をしているんですか?」と聞いてきた。滝乃は返答に迷った。映画女優です、と言うと悟史が無知であると言っているような気がしてしまう。恥をかかせてはいけない、と悩んだ末に滝乃は「まあ、女優ってとこですかね。まだまだ修業中ですが・・・」と答えた。これは少し危険だったかもしれない、と後悔する。後で映画雑誌などを見て私の特集などを見たら、それこそ悟史は恥ずかしい思いをしてしまうかもしれない。
その心配はすぐに杞憂であると分かった。悟史は女優、という答えを聞くと「すごい!素敵な人だなって思ってたんですけど、女優さんなら納得です」と、目を輝かせた。その後、「僕、あまり映画とかテレビを見ないもので・・・気づかなくてごめんなさい」と少しだけばつが悪そうに言う。
滝乃は「そんなこと!気にしないでください。そんな売れっ子ってわけでもないんですから」と笑いながら言う。この流れはいい。引かれてもいないようだ。
料理を食べ始めて、滝乃は白ワインを頼んだ。悟史はそろそろソフトドリンクかなと思っていた滝乃だったが、悟史は白ワインに付き合うと言う。かなり酒には強いようだ。私が潰れないように気をつけないと、と滝乃は少しだけピッチを遅くする。
料理をあらかた食べ終わり、滝乃は完全に酔った状態になる。周りの音がやけにくぐもって聞こえ、目の前の悟史は艶やかに見える。いまや光り輝くようにさえ見えてしまう。悟史も心なし頬が紅潮しているように見える。
滝乃は正直に「ごめんなさい、ちょっと酔ってしまったようです」と悟史に言う。すると、悟史は「僕もです」と、蠱惑的な笑みを浮かべる。
蠱惑的に見えるのは滝乃自身の欲望によるものだろう。
二人は店を出ると、酔い覚ましに近くの川沿いを歩いた。夜風の気持ちいい季節だ。滝乃は、初デートでこんな酔ってしまうなんて、と頭を抱えたい気分になってしまい、それを悟史に伝える。
「ごめんなさいね、本当に。普段はこんなに酔ったりしないんだけど、中川さんと食事ができて嬉しくてつい・・・」と言うと、悟史が「あの、悟史って、呼んでもらえませんか・・・」と、恥ずかしそうに言う。
滝乃は「い、いいんですか?名前で呼んでも」言う。悟史はこくん、と頷いた。
「さ、悟史、さん」と滝乃が言うと、悟史は「嬉しいです」と満面の笑みで答えてくれた。
滝乃は「私のことも、滝乃って呼んでもらえますか?」と頼んでみる。悟史は「滝乃さん・・・」と、滝乃を見上げながら微笑んで言う。
「また、会ってもらえますか?」と滝乃が言うと、悟史は「また、ぜひ。滝乃さんさえ良ければ」と、顔を赤くして言う。
滝乃は完全に舞い上がってしまい、思わず悟史の手を握ってしまう。普通は許可なしに男性に触るのはダメだ。モラルに反する。が、悟史は嫌がることなく、滝乃の手を握り返してきた。
二人は、手を繋いで川沿いを歩いた。
そして、別れ際ようやく酔いが醒めた滝乃が慌てて「ごめんなさいっ!いきなり手を握ったりして」と謝ると、悟史は「いいんです。僕はとても嬉しかったです」と、恥ずかしそうに言う。滝乃はこのまま帰るのは嫌だ、と思う。
悟史にその旨を正直に伝える。「今日は、このまま帰るのが勿体無いです。悟史さんともう少し一緒にいたい」と、ワガママを言ってしまう。
悟史は「僕も、です・・・」と、滝乃の手をキュッと握ると、身体を近づけてくる。そして、滝乃を見上げると、「滝乃さん・・・」と潤んだ瞳を閉じて、少し顎を上げた。
滝乃のプライベートにおけるファーストキスは、本当に好きになった男性とのロマンチックなものだった。
そこから交際、結婚までは早かったですよ、と後年、志津川滝乃は笑いながら振り返る。
旦那さんとは今でもラブラブですか?という今風の質問にも、大女優らしくおおらかに、「もちろん、今でもラブラブ、ですよ」と微笑んで答える。
=======================================
「はぅ〜ん」と、奇妙な声をあげて立木幸恵は映画雑誌をベッドサイドに置いた。ああ、こんな素敵な恋をして、ロマンチックなキスをして、生涯一人の男性と添い遂げたい・・・。これは全女子の夢だ。いいなあ、志津川さん。私も、お兄ちゃんみたいな、いや、お兄ちゃんとこんなロマンチックなことしたいなぁ〜。と枕を抱きながらゴロゴロとベッドを転げ回る。
ベッドサイドに置かれた映画雑誌は、「特集、純愛映画。映画のような恋愛と言えば、この人!」という見出しと、志津川滝乃が若い時の写真が表紙になっている。
滝乃は182センチ
悟史は163センチです。




