第40話 バスケ部の練習試合
難しいーーー!
日曜日。いよいよ練習試合だ。立木くんは来てくれるかな、と私は心配する。ソワソワと何度も体育館の入り口や、風通しのために開けられた小出入り口を見る。
そんな私の様子に、河嶋先輩は「小山、とりあえず試合に集中ね!」と釘を刺す。私は「はい!」と返事を返すとコートを見つめ、アップを始めた。監督も練習試合だというのに、スーツでキメている。いつもはよれよれのTシャツに短パンなのに。
試合開始20分前、体育館が妙にざわめいている事に気がつき、私は周りを見る。すると、バスケ部員ではない生徒達が観覧スペースに詰めかけている光景が見えた。
しばし呆然とその光景を眺めていると、河嶋先輩が私に耳打ちする。
「立木くんが来るって情報が漏れてみんな来ちゃったんだよ。バスケ部の応援に来ました、って言われたら何も言い返せないからね」と、苦笑いを浮かべる。
私は「みんな、立木くんを見にきたんですね」と呟く。気持ちは十分に分かる。自分も、もし他の部活の練習試合に彼が来ると分かれば絶対に行く。
先輩達が観客たちにあんまり騒がないで下さいね、と言って回っている。ギターケースとたて笛を持った生徒の姿も見える。運動部じゃない人たちまで来るんだなぁ、と私は改めて立木くんの人気に感心した。そして、(誰にも渡さない、今日は私の日なんだ!)と闘志を滾らせる。
ざわめきが歓声に変わる。体育館の入り口を見ると、やや背の高い少女と、その隣に立木くんが立っていた。私は、彼を見た瞬間に心臓が早鐘を打つのを感じる。立木くんはそのあと観覧席に移動した。立木くんの周りにすぐに他の女生徒たちが群がりそうなので、試合に出られない三年生たちが少しだけ距離をあけて観覧席に陣取り、他の生徒たちを牽制する。立木くんの隣にいる少女の殺気と相まって、近づいてくる生徒はいない。
「小山さーん、頑張ってー!」と立木くんが手を振っている。私は周りの連中と、立木くんの隣に立っている少女から睨まれながら真っ白な意識の中、なんとか手を振り返す。
練習は最後の連携の確認になっている。先輩達が次々にボールを回している。控えの選手達も気合のこもった声で練習している。普段は適度に力を抜いたような動きなのに、今は妙にキレのいい動きだ。そして、シュートを決めた選手はチラ、と観覧席の方を見る。その繰り返しを何度かした後、選手達がベンチに集まり、監督からの戦術を伝えられる。試合開始だ。
相手高校も、体育館の熱気に戸惑っているようだ。練習試合なのにこんなにギャラリーがいれば戸惑いもするだろう。
審判がコートの真ん中に選手を整列させ、試合開始の礼をさせる。私のマッチアップ相手は事前の情報通り田尻選手だ。二年生で、私より7センチ身長が低いけど体重は5キロ上回っている。フィジカルを駆使してオフェンスされると手こずりそうだ。しかし、止められない相手ではないし、抜けない相手ではない。
問題は、パワーフォワード、センターの身長差だと私は見ていた。フォワードの磯辺先輩は相手選手より10センチ低く、センターの玉田先輩は8センチ低い。二人とも、力よりも技術とスピードを上手く使える選手だ。スモールフォワードの嶋津先輩と、シューティングガードの西先輩でこまめにスクリーン・プレイをすれば得点は伸びるだろう。
ジャンプボールはこっち側のコートに転がる。素早く私が拾うと、すぐに嶋津先輩にパスし、自分は中央付近に陣取る。すぐに田尻選手が私の横にくっつくようにディフェンスを始める。嶋津先輩は、ゴール下で相手と押し合いをしている玉田先輩にパスをする素振りをする。すぐに私の近くにいる田尻選手がヘルプディフェンスに入ろうとする。
そこで、嶋津先輩はこっちを見ずに、私にパスをする。私は田尻選手が意識を外した瞬間に左に流れてスリーポイントゾーンに陣取っていた。
そしてパスを受けると、迷わずシュートした。
綺麗な放物線を描き、ボールはゴールリングをくぐり抜けた。先制攻撃成功だ。
すぐに相手に張り付き、オールコートプレスを仕掛ける。これはやる方もやられる方も消耗する。あとは、スタミナの差がモノを言う。
田尻選手はコートの一番端でボールを受けると、私にオールコートで一対一を仕掛けてくる。案の定、力押しのオフェンスで簡単にハーフコートまで押し込まれた。しかし、抜こうとしてくるがここからは力押しも難しくなる。
隙を見て西先輩もヘルプディフェンスにくるからだ。私のしつこいディフェンスに、田尻選手が焦って不用意にパスを出そうとする。それを見逃さず私は素早くパスコースを塞ぎ、田尻選手のドリブルを阻止した。そして、体を密着させるようにディフェンスすると、田尻選手がボールを取り落とす。私はボールを素早く拾うと、一気にドリブルシュートを決めた。これで二回連続、私の得点だ。
その時、監督から「小山、パス回せ」と指示が飛んだ。私は、「はい!」と返事をしたができるだけ自分の得点を伸ばす気でいた。
その後、相手は走り回って小刻みにパスを回す作戦に出てきた。これはスタミナの消耗が凄まじい。前半でバテるだろう。しかしそこまでしないとボールをハーフコートラインまで運べないのだ。
ようやく、相手に得点が入る。玉田先輩がゴール下で相手との押し合いに負けたのだ。相手はここを重点的に攻めてくるだろう。私は、嶋津先輩に「玉田先輩のとこ、ダブルチームいきましょう」と耳打ちする。
こっちが楽々と得点を奪うと、相手はムキになってきた。玉田先輩のマッチアップ選手にボールを集める。パスが渡った瞬間に嶋津先輩が玉田先輩と一緒にマッチアップ選手を囲む。相手は無理やりシュートしようとして、腕を振り回す。玉田先輩に肘が当たり、オフェンスファールを取られ、こちらに攻撃権が移る。
細かくパス回しをして私がまたスリーポイントシュートを沈めると、相手は完全に頭に血が上っているのが分かった。私に無茶なドリブルを仕掛けてきて、手で押してしまう。またオフェンスファールだ。こうなればもう、私たちのペースだ。
前半を終えて、33対4。後半は新しい戦術を試すのを兼ねて、ゾーンディフェンスに切り替える、と監督が言う。ここまで点数が離れていれば多少得点されても構わない、ゾーンからパスを回して外から狙え、という指示を受けて後半に臨む。選手も、スモールフォワードに河嶋先輩が入る。先輩は、後半開始直前「私にもアシストよろしくね!」と張り切っている。
後半は相手も多少得点を伸ばすかと思われたが、前半でスタミナをかなり使ってしまっていたのかシュートの精度も悪く、終わってみれば79対25という、私たちの圧勝となった。
監督からのダメ出しもなく、私たちは一様に満足していた。メンバー全員が、観覧席をチラチラと見ている。立木くんが隣にいる少女と何事か親しげに話している。私は、つい彼を見つめてしまう。すると、彼と目が合った。立木くんは、「小山さーん、お疲れさまー!」と笑顔で言っている。私は、監督も含めた部員全員からの嫉妬の視線を受けながら、「ありがとうございますっ!」とぺこりと頭を下げた。
更衣室に戻ると、河嶋先輩以下全員から「小山ぁー!!なんでお前だけ名指しで応援されるんだよっ!」と詰め寄られた。河嶋先輩は「私だって名乗ったのに!優しい先輩を演じたのにぃっ!」と半分ふざけて憤慨する。
こうして、バスケ部の練習試合は、私の株がだいぶ上がったかな、という結果で幕を閉じた。
この後は恋愛の展開を多めにしていきたいです。ドロドロしないやつで。




