第32話 母さんの同期
少しずつ書くスペースが遅くなってまいりました。
「部長、最近定時上がりが多いですね」と、同僚に声をかけられる。当たり前だ、勇気くんが家で待っているんだから残業なんて一秒だってしたくないね!と思うが、一応「ノー残業デーとかあるじゃない。それよ、それ」と笑って答えた。
帰り支度をして、部下たちに声をかける。「切りが良くても良くなくても、適当に帰ること!」そしていそいそと部署を出る。玄関に向かっていると、後ろから声をかけられる。
「最近やけに急いで帰るじゃない、なんか問題?茉美」
声のした方を向くと、部署違いの同期で、まあ親友と言って差し支えのない山内美香が酸素ボンベのような物を台車で押しながらこちらを見ていた。
「特に問題なんてないわよ。可愛〜い息子が家で待ってんのよ!」と上機嫌に答える。
美香は、「勇気くんだっけ?可愛いけどさ・・・、なんか反抗期っぽくて帰るのコワイとか前に言ってたじゃん」と、眉根を寄せて言う。
私は、「それがね、最近反抗期が終わったのかすっっっごく!優しくなったのよ。この前なんて夕飯作って待っててくれたんだから!」と、胸を張って言う。
美香は、「妄想じゃないの?あんた大丈夫か?」と、深刻な顔をしている。
私は、「失礼な!これは事実よ!後でラブラブツーショット写メ送ってみせるから首を洗って待っとけ!」と美香に、ピシリと指を突きつけて言う。
「分かった分かった。期待してるよ・・・」と、美香は半笑いで答える。コイツまだ信じてないな・・・。絶対に勇気くんとのツーショット写メを送りつけてやるわ!勇気くんの可愛い笑顔をコイツに見せるのは癪だが、仕方がない。
「ところで美香のとこはまだ終わんないの?」と、台車に手をかけている美香に聞く。
「ああ、新素材の開発に目処が立ってね。研究中止の流れから一転、継続が決定さ」と、美香は少し疲れを滲ませながら言う。
「そうか・・・大変ね。よし!そのボンベ押してってやるわよ」と、台車を押す。
「おっ!さすが力持ちは違うねぇ」と、美香が言う。
台車を押していく道すがら、あれこれと勇気くんについて美香に語る。最初はあまり信じていなかった美香だが、部署に着く頃には、「写メをよろしく!絶対な!」と言うほどには信じてくれたようだ。
美香に見送られて会社を出た。
今日の夕飯の献立を考えながら駅に向かう。
以前ならスーパーに寄ってその場で献立を考えたものだが、今はその時間すら惜しい。早く勇気くんに手料理を食べさせてあげたいので電車の中で献立を決めた。
スーパーで手早く買い物を済ませると、急いで家に帰った。早く、早くと自分を急き立てる。ドアを開けると、すぐに「ただいま!」と大声で言う。すると、幸恵が部屋から出てきて、「おかえり」と迎えた。
・・・まあ、幸恵でもいいんだけどね、できれば勇気くんに一番に出迎えてほしかった。
「なによ母さん、露骨に不満な顔しちゃって。お兄ちゃんならリビングにいるよ」と、幸恵が顔をしかめる。
「ああ、ありがとね」と、一応お礼を言いながらリビングのドアを開ける。すると、念願の勇気くんの出迎えがある。
「おかえり、母さん」と、にっこり笑う勇気くん。この笑顔のために毎日頑張っているのだ。こちらも最高の笑顔で「ただいま、勇気くん」と答える。
「すぐにご飯作るから、待っててね!」と、台所に立つ。勇気くんが「何か手伝おうか?」と言ってくれた。最近、本当にいい子になったんだとしみじみと思う。
「大丈夫大丈夫!勇気くんはゆっくりしていてね」と答える。この前の手作りカレーはほんとに嬉しかったけど、もし勇気くんが白魚のような指にケガでもしたら一生後悔することになるので、なるべく私が台所に立つ。
夕飯が終わり、幸恵がお風呂に入りに行った時に勇気くんに写メのお願いをしてみることにした。
「あのね。母さんの友達が勇気くんがいい子だって信じてくれないの。母さん悔しくて、ツーショット写メを送ってやるから!って啖呵を切っちゃったの」と、恐る恐る勇気くんに切り出してみる。
「お願い!一枚でいいから母さんと写メ撮ってくれないかな?」と懇願する。
勇気くんはあっさりと「いいよ」と笑顔で応じてくれた。やっぱり勇気くんは天使だわ・・・と感慨に浸りながらスマホを取り出す。
ソファーに二人で並んでツーショットを撮ってみる。勇気くんは笑顔なのだが、少し距離がある気がする。もっと密着して撮りたいな、と思っていると勇気くんの方から「もっとくっついて撮った方が仲の良さをアピールできるんじゃない?」と申し出があった。
「えっ?くっついていいの?気持ち悪くない?」と焦って聞くと、勇気くんは「全然気持ち悪くなんてないよ!母さんとくっつきたいよ」と、また天使の笑顔で言ってくれた。
もしかしたら鼻血が出るのではないかと思うほど顔が火照っているが、勇気くんの気が変わらないうちにと思い切り頬と頬をくっつけて写真を撮った。勇気くんは変わらず笑顔だ。
「ありがとう!これで友達にすごく自慢できるわ!!」と、何度も勇気くんにお礼を言う。
早速、美香のラインにツーショット写真をアップする。さすがにもう家に帰っているはずだ。
程なくしてメッセージに既読マークが付く。しかし、しばらく返信が来ない。試しに、「どうよ?」と送ってみるとすぐに既読マークが付いた。見ている状態ではあるようだ。
少し経って、美香から返信が来た。
「信じられん」
「悪いけど、これが事実なもんで」と、ピースマークのスタンプとともに送りつける。
「そういえばさ、茉美の家の付近で新素材の開発に関わる重要な物質が発見されたの知ってる?」
「うそつけ」
「はい、うそです。お願いします!一度でいいから会わせてください!男性との接触が圧倒的にない私めにどうかご慈悲を・・・」
そうか、美香は研究職だし、ラボに閉じこもってることも多いしな。私も勇気くんを自慢したい気持ちがあるし、今度家飲みでも誘ってやるか。
「まあ、どうしてもと言うなら、考えてやらんでもない」と、焦らす。
「お願いします!どうか!どうかひとつ!変なことは一切しませんから!」
こいつ、人様の息子に邪な心を抱いていたな。まあ、勇気くんほど可愛ければ仕方ないか。それに、家なら変なそぶりを見せた瞬間につまみ出してやればいいだけのことだ。
「そこまで言うならいいだろう。新素材の開発、ひと段落ついたらウチで飲み会でもやろうか。もちろん、勇気くんにはお酌などは一切させないからね」
「ありがとう!持つべきものは美人で仕事のできる親友だわー」と、美香は調子のいいことを送ってくる。
明日、会社でも何かしら聞かれるだろう。思い切り自慢しながら喋ってやろう。




