第3話 便利な適応機能
文章って難しいなぁ
声のする方を涙目で見てみる。
そこには、背は高くないがキリッとした顔立ちのセーラー服の少年がいた。少年は「あなた、女ですよね!ここ男性車両ですよ!その子のこと触ってましたよね!?」とまくし立てる。
僕に痴漢していた女は「ちちちちちちがうんです!間違えて乗っちゃって!お尻とか触ってないです!触ってないですぅー!」と、自ら痴漢の自白をして墓穴を掘っていった。
少年は、女に対して「次の駅で降りてもらいますから!」と厳しい口調で断じると、僕の方を向き直り、心配そうに「大丈夫?同じ学校の子だね?怖かったね」と、僕の腕に触れながら語りかけた。僕は恐怖から解放されたのと、少年の優しさに心の底から安堵して、堪えていた涙がどっと溢れた。
痴漢を駅員に引き渡したあと、警察からの事情聴取があった。きっと僕一人だったら上手く説明できなかっただろうけど、助けてくれた少年がテキパキと受け答えしてくれたのですぐに済んだ。
事務所から出た僕は、助けてくれた少年にお礼と自己紹介をした。「僕は立木勇気といいます。助けてくれて本当にありがとうございました」ぺこりと頭を下げると、少年は「当然のことをしたまでだよ。ああいう不埒な輩は許せないんだ」と前半は笑顔で、後半は少し顔をしかめて言った。
「君は一年生?」と少年は僕に質問をする。同じ制服を着ている。先輩なのだろう。
僕は「はい、一年B組です」と答えた。この時、自分の通っている高校、学年、組、友達の顔と名前がカチリ、という音とともに、自然に頭の中に流れ込んできた。適応する能力なのだろう、これなら自然に振る舞える。少年は「僕は2年A組、秋山 翔。この時間での通学ならほぼ毎日一緒だね。またこんなことがないように、電車ではなるべく僕の近くにおいで」と言ってくれた。とても優しい人だ。
結局、校門まで秋山先輩と歩いて来たのだが、その道すがら、男子生徒の数が非常に少ないことに気がついた。20人に1人ぐらいの割合なのではなかろうか?それもこの世界の常識なのだな、と納得する。それにしても、女子の視線をとても強く感じる。
チラチラ見るのではなく、完全に凝視、といった感じだ。秋山先輩は「君は可愛い顔をしているからね、仕方がない」と苦笑しながら教えてくれた。そして、「女子は隙があれば君に近づいたりいやらしい事をしようとしてくるだろうから、十分に気をつけて」と言うと、綺麗なウィンクを残して校舎に入っていった。しばし秋山先輩の後ろ姿を見送ったあと、僕も下駄箱に向かう。上履きを取ろうとしてロッカーを開けると、まるでマンガのように大量の便箋が足元にバサバサと落ちてきた。これは・・・ラブレターってやつかな。ここでも、カチリ、と頭の中で適応の音がした。これは毎日のことだ・・・。普段なら読まずにゴミ箱に直行なのだが、なんだか気がひけるので通学バッグに無理やり詰め込む。すると、下駄箱の影や柱の近く、廊下の曲がり角などからヒソヒソと「受け取ってくれた!?」「ワンチャンあり!?」「いや、今回はまとめて焼却炉ってことかも・・・」などなどの言葉がさざ波のように広がっていった。人の気配を感じなかったのでびっくりしたが、とりあえずスルーしておく。
トコトコと自分の教室に向かう途中、後ろから声をかけられた。「お、おはよう立木くん」振り向くと、僕より頭ひとつ大きな女生徒が頬を染めて立っていた。
カチリ。
「おはよう、橘さん」微笑んで挨拶を返すと、女生徒は返事をしてもらったのが意外だったのか、「え、あ、あう、あ、」としどろもどろになってしまった。世界が変わる前は僕は女生徒を無視していたんだな、と理解する。これからはみんなに優しくするんだ。
「どうかした?橘さん」と、さらに微笑みで、気持ち近づいて話してみる。橘さんはまさかこんな好感触が返ってくるとは夢にも思っていなかったのだろう、顔を真っ赤にして硬直してしまった。このまま放置しても良かったのだけれど、これからはモテる男、愛する人を探すのだからフォローしておかなければ。「遅刻しちゃうよ?一緒に教室に行こう」と言ってみた。橘さんは「あ、はい、うん、」などと呟きながらフラフラと僕の隣に来た。「じゃあ、行こうか」と橘さんの顔を見る。自然、上目遣いになるのだが、橘さんはもはや茹で蛸のように顔が真っ赤で、目が合うとフンフンと鼻息が荒くなる。少し怖い、かも。
教室に着くまでに何人かの女生徒とすれ違ったが全員例外なく、嫉妬と羨望の眼差しを僕らに送ってきた。さらには「なぜ橘が・・・」「なにか不正な手段を使ったに違いない」「もしかしたら私たちもいけるんじゃ??」などといった言葉が聞こえてくる。なんだか不穏な空気だ。
そうこうしているうちに教室、1ーBに到着した。橘さんは1ーCなので隣の教室だ。橘さんが何も言わないので僕は「あー、橘さん?それじゃ僕はこっちだから」と声をかけるとようやく石化の魔法が解けたように、でもまだ後遺症が残っているように、ぎこちなく、「は、はひ」などと言いながら、ぎこちなく教室に入っていった。橘さんが教室に入った瞬間に「てめー橘!1人だけいい思いしやがって!」「あたしにもワンチャンあるかな?」「橘!帰りを狙おう!」などと聞こえてきた。僕は苦笑しながら自分の教室に入っていった。