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貴方は尊いのだから  作者: 若葉マーク
始まり
26/59

第25話 プチデートを お母さんと

朝、学校へ行く支度をしていると、「勇気くん、デートの件なんだけど」と、唐突に母さんに話しかけられた。

そう言えば、前にデートしてほしいって言われてたっけ・・・と思い出す。うん、と曖昧に返事をすると、母さんは、忘れられていたのか、という風な寂しげな表情をした。


まずい、と思いこちらから話題を広げる。

「母さんとのデート、楽しみ!どこに連れて行ってくれるのかな」と、笑顔を見せる。


母さんは途端に明るい表情になり、嬉しそうに続きを話す。


「今度の日曜日はどうかなって思うんだけど、勇気くんは予定ある?」


日曜日は、バスケ部の練習試合を見に行く予定がある。昼過ぎからの試合だから、どちらにしてもデートの時間は大幅に削られてしまうだろう。


日曜日の事を告げると、母さんはしょんぼりとしてしまった。身長も10センチくらい縮んでしまったのではないかというほどの萎み具合だ。


僕は、「土曜日はどうかな?」と聞いてみるが、土曜日はどうしても外せない仕事なのだという。しおしおとしてしまった母さんを元気付けようと、こんな提案をしてみる。


「じゃあさ、今日の仕事帰りにどこかに寄ってくるのはどうかな?」本格的なデートはまたできるし、母さんを迎えに行くついでにどこかで食事でもすれば、それも立派なデートだろう。


さっちゃんは、今度は私と一日中デートしてくれるなら・・・と不承不承、留守番を承諾してくれた。


母さんは、本当にウキウキとした様子で仕事に出かけて行った。あれだけ喜んでもらえるなら、言った甲斐があったというものだ。


その日の学校も、いつも通り。深山さん、橘さん、小山さんに挨拶をして始まり、帰り際にも挨拶をする。

自分でも気持ちが少し落ち着かないのは、美しい母親とのデートに気が少し浮かれているからだろうか。


学校が終わり、その日は中心街にそのまま向かう。

母さんの仕事が終わるまでまだ二時間ある。どうやって時間を潰そうかと思案していると、不意に声をかけられた。


「やあやあ、そこの可愛い坊や。今何してるの?人待ち?」


これは、もしかしてナンパというやつか。

声をかけてきたのは、いかにも遊び人といった風体の女子大生だった。


人待ちだということを言うと、「それって何時から?それまで、お姉さんと遊ばない?」と食い下がってくる。


丁重にお断りすると、女子大生は「じゃあさ、せめてライン交換だけでもしない?」となおも食い下がってくる。と、その時。


「ウチの子に何か用事ですか?」と、低いトーンの声が聞こえた。


女子大生は、声のした方を振り向くと、そのまま無言になってしまう。僕もそちらに目をやると、案の定、母さんが立っていた。絶対零度の眼差しで女子大生を見下ろしている。


女子大生は、「し、失礼しましたぁ〜」とそそくさと歩き去っていった。


母さんは、「ああいう悪い虫には気をつけないといけないわよ」と、僕に言う。


僕は、「大丈夫だよ、ちゃんと断ったし」と言うが、母さんは「勇気くんはもっと危機感を持たなきゃダメよ!どこかに連れ去られたらどうするの!?それに、ああいう手合いは無視しとけばいいの!」と手厳しい。


母さんも、せっかくのデートの時間が少しでも削られるのは嫌なのだろう、早速移動しようとする。



「ねえねえ、勇気くん、腕組んでくれたりってのは・・・ダメ?」母さんがおずおずと聞いてくる。すでに周りから十分に視線を集めているのだし、今さら恥ずかしがっても仕方がない。それに、この世界では年若い男とデートするというのは、全女性の夢なのだ。母さんを喜ばせたいし、承諾する。


「うん、いいよ!」と言いながら母さんと腕を組む。その瞬間、周りがざわめく。


「なんだあれは」「羨ましい妬ましい」「アレじゃない?エンコーってやつ?通報する?」「可愛い子と腕を・・・今日は薄い本買って帰ろう」


ところどころ不穏な言葉が聞こえたので、僕は「さあ、行こう!おかあさん!」と、自分の母親であるということを大声でアピールする。


母さんはというと、腕を組んでもらえてご満悦な様子。「とっておきのレストランに行くから、期待してていいからね!」と張り切っている。


母さんに連れられて来たのは、テレビで何度も見たことのある高級レストランだった。


入口からして豪奢なので少し気後れしていると、すぐに給仕の女性が現れる。母さんに「立木様、いつもありがとうございます。お席にご案内いたします」と恭しく挨拶をする。その際、母さんの目を盗んで僕のことをチラチラと見ていた。本人はバレないようにしていたつもりだったようだけど、ハッキリ分かった。


席に着くと、給仕の女性が胸のバッジ指先でなぞりながら、「本日は私、寺原が給仕をさせていただきます」と笑顔で話す。母さんは、少し苦笑しながら、「よろしくね、寺原さん。早速だけどいつものワインをよろしく。この子にはブラッドオレンジのジュースを」

と注文する。あとはコースらしい。


少し落ち着いたので周りを眺めてみる。高級店らしく、それなりに落ち着いた感じのお客さんが多い。でも、チラチラ見られる・・・。


母さんはそんな視線などどこ吹く風とばかりに、僕を見つめている。


僕は少し照れくさくなって、「母さん、すごいお店知ってるんだね」と言うと、母さんは誇らしげに、「特別な日に来ることにしているのよ」と言う。


「勇気くんが産まれた時には、退院して真っ先にここに来たわ。貸し切りにして、友達と大祝賀パーティーをしたのよ」


「大祝賀・・・なんかすごい響きだね」と僕が言うと、母さんは「そりゃそうよ!男の子が産まれるなんて、私は選ばれた人間だと感じたわ。」と答える。


「そんな風に思ってくれて嬉しいよ」と言うと、母さんはテーブルに備え付けてあるナプキンで目頭を押さえる。「勇気くん、ほんとに優しくなって・・・お母さん、嬉しいわ」と、しみじみと言う。


これからもっともっと親孝行していこう・・・。


食事のマナーに苦労するかと思ったけど、母さんが「音を立てたりしなければ別に何だっていいのよ」と、僕の緊張をほぐしてくれる。時折、ワインやジュースのお代わりを伺いに寺原さんが来る。その度に、僕をチラリと見やる。少し、気恥ずかしい。


無事に食事が終わり、タクシーで帰宅する。母さんは、「これなら毎日でもいいわね」と言う。


喜んでもらって何よりだ。


家に着くと、さっちゃんが母さんには仏頂面で、僕には笑顔でお帰り、と言う。僕だけ良いものを食べてしまって申し訳ないな、と思ったので、「いつかさっちゃんを連れて行ってあげるよ」と言っておく。


さっちゃんは嬉しそうだけど、母さんは「立場が逆」と笑っていた。


お母さんのイメージは、ホテルモスクワの姐御を柔和にしたような人、って感じです。年上の人は難しい。

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