第24話 (自称) 策士・河嶋
後輩の小山に頼まれて、一年生のかわい子ちゃんを探す。名前は立木勇気くんと言うらしい。小山の情報によると、立木くんは放課後は大抵職員室付近で何らかの手伝いをしているようだ。
部活には、遅れることを伝えているのでゆっくりと彼を探すことができる。職員室付近の様子を窺える渡り廊下に陣取り、注意深く彼の姿を探す。小柄なのですぐに分かる、と小山は言っていた。
どんな子なんだろうな、と思いを巡らせながら渡り廊下から職員室のドアを眺める。
待つこと15分、職員室のドアが開き、小柄な人影が出てきた。
あの子かな?と思い、ゆったりと職員室の方に移動する。職員室のすぐ近くでスカウトすると先生に怒られるかもしれないし、頃合いを見計らって玄関で声をかけるのがベターだろう。
彼はすぐに玄関の方に移動を始めた。よし、こちらも移動するとしよう。
先に外履きを履かせないように、待ち伏せの形を取る。うまく話を持っていけば、練習の見学をしてもらえるかもしれない。そこでバスケ部のカッコいい所を見せれば、マネージャーになってくれる確率が僅かでも上がるだろう。
などと考えていると、立木くんが玄関にやってきた。
とりあえず、不審がられないように笑顔で話しかけよう。立木くんの前に立った私は、彼の顔を見た瞬間、思わず息を呑んだ。
可愛い・・・。可愛いとは聞いていたけど、これは反則だ。小山や二年生たちがきゃあきゃあ言うのも納得だ。
目の前に女がいきなり出てきて、笑顔のまま自分を凝視している。早く話さないと彼に不審に思われる。
「こんにちは。立木勇気くん、だよね?」
「そうですけど・・・」彼は、微笑んで答えてくれた。
参ったな。声まで可愛いや。もしかしたらほんとに愛想がいいのかもしれない。
ここは単刀直入に頼み事をするべきか、世間話などをしながら頃合いを見て本題に入るべきか、と少し考える。世間話の当たりが悪ければ逃げられてしまうかもしれない。いきなり頼んで快諾をもらえるとは到底思えないが、ここは単刀直入にいこう。
「あ、自己紹介まだだったね。私は河嶋里美。三年だよ。あと、バスケ部。」部活を最後に言ったのは、無駄に警戒させたくなかったからだ。
私の言葉がバスケ部の総意であるとは思われたくない。あくまで小山のために行動しているのだ、今は。
・・・まあ、少しは下心もあるかもしれない、かな。
立木くんは「河嶋先輩ですね、よろしくお願いします。小山さんと同じ部活なんですね」と、今度はいい笑顔だ。
顔が赤くなるのが自分でもよく分かる。これは確かに緊張するわ・・・。しかし、小山の事を知っているのは好都合だ。
「ああ、小山のこと知ってるんだね!小山から立木くんのことよく聞いてるよ。」少しでも小山のことを意識してもらっておこうと、少し嘘をつく。
「それでね、立木くんにちょっとお願いがあるんだけど」私は、できる限りにこやかに彼を見る。
「バスケ部のマネージャーになってくれないかな?」ここはズバッと本題に入ろう。さらに続ける。
「立木くんみたいな可愛い子がマネージャーになってくれればみんな喜ぶよ〜、なんて」ここはおどけて言う。
立木くんは、「マネージャーですか!?」と、驚いたように声をあげた。さらに、「マネージャーって何すればいいのか分からないですし・・・」と言う。
それはそうだろう、と私は思う。現在は怪我でプレーができなくなり、引退した生徒がマネージャーを務めている。元選手なので、何をどうすればいいのかは熟知している。それでも、マネージャーはなかなか大変だと言っているのだ。部活に所属していない立木くんが戸惑うのは当然だろう。
ここからが交渉力の見せ所だ。私は、「マネージャーって言っても、難しいことじゃないのよ。今はマネージャーが二人いるから、その子たちの補助をしてくれればいいの。タオルを用意したり、練習中の水分補給の時に少し手伝ってくれたりすれば十分だよ」
本来なら、男性にこんな事を頼めるはずがない。普通なら「何で俺がそんな小間使いみたいなことしなきゃいけねえんだよ」「ふざけんな」みたいに言われるに違いない。
だが、立木くんの所作を見て、私はある程度危険な賭けに出ても大丈夫だと踏んだ。もし、ここで立木くんの態度が豹変して、「何でそんなことしなきゃいけないんですか?先輩だからって調子に乗らないで下さい」と言われたら、「ですよねぇ〜」といって逃げるだけだ。
私の直感は当たったようだ。立木くんは少しでも困ったような表情をしているものの、拒絶する様子は今のところない。押せばいけるのではないか?
私がさらに誘いの言葉を畳み掛けようとすると、玄関ホールの柱の影、下足棚の影、用具室のドアの影、そこかしこに人がいるのに気がついた。
・・・他の運動部の連中だ。サッカー部、バレー部、野球部、柔道部、剣道部、体操部の奴らだ。全員の鋭い視線が私に向いている。なんだか殺意のようなものを感じる。
私が視線に気づくと、私と立木くんに一番近い位置にいたバレー部の奴が、ルーズリーフに大きく書かれた文字を見せてくる。
「抜け駆け厳禁。」・・・早い者勝ちだろう、そもそもそんな協定があったなんて知らないぞ。
しかし、これでは多勢に無勢だ。ここは退くしかないか。
しかし!私は転んでもタダでは起きない。
「あはは、い、いきなりマネージャーは強引だったよね!ごめんごめん!」と、そこにいる面々に聞こえるように言う。
「それじゃさ、一回だけでいいから、練習試合を見に来てくれないかなーって。ちょうど、今度の日曜日にウチの体育館でやるんだ!」
これぐらいならいいだろ!?と、運動部の奴らに視線を送る。
隠れている奴らは、釈然としない表情をしているが、殺意は薄らいだ気がする。
立木くんは、「日曜日ですか。特に何も用事はないので、お邪魔しますね」と応じてくれた。
やった!これは大きな一歩と考えていいだろう。
私は、何度もお礼を言いながら立木くんを見送った。
・・・そして、運動部の奴らの猛烈な非難を受けることとなる。
口々に、「ズルいだろ!ウチだってマネージャーほしい!というか、あの可愛い子ならマネージャーなんて雑事じゃなくて、ただいてもらうだけでも十分すぎるわ!」「逆にこっちが彼のお世話をする!」「お世話、そう、色んなお世話をね・・・げへへ」などなど好き勝手に言ってきた。
いやいや、言ったもの勝ちだよ。とりあえず今回は、私の、いや、バスケ部の勝ちだ!!




