第20話 日曜日の過ごし方 その1
視点が・・・むずい。
日曜日の朝はゆっくり眠っていたい。学校もないし、土曜日の夜は夜更かししてしまいがちだからだ。
しかし、今日の幸恵は早起きだった。兄が起きないうちに、綺麗に身支度をしておきたい。
家族なのだから別にいいだろう、と思うかもしれないが兄にはいつも自分のことをよく見てもらいたい。寝癖やら何やらを直し、軽く化粧もしておく。最近読んでいる雑誌が役に立った。
よし!自分で言うのもなんだけど、凛々しい!鏡に映る自分を指差し。あとはお兄ちゃんが起きてくるのを見計らってリビングに颯爽と登場するだけだ。
お兄ちゃんは基本的に早起きだし、積極的に出掛けたりする感じでもないので家でゆっくりと一緒に過ごせる確率は高い。
デートしよう、デートしようとあまり言い過ぎるとウザいと思われてしまうかもだし、お小遣いももうないので家でお兄ちゃんと過ごしたい。外に行かなければ他の女にお兄ちゃんを見せずに済むし。日曜日ぐらい、私のみの眼福があってもいいと思う。
幸恵は一旦自室に戻ると、兄の気配を感じようと瞑目して床に座った。
午前8時、母親が起床してリビングに行く気配がした。幸恵は舌打ちをして、これではお兄ちゃんの最初のおはようを受けるのは母親ではないか、と苦々しく思う。そして、それならばいっそ廊下で鉢合わせを装ってお兄ちゃんに爽やかな挨拶をしてみようかなどと策を巡らせる。
いや、やはり理想はリビングに颯爽と登場するという演出だろう。これなら、廊下で鉢合わせ作戦よりも落ち着いて行動できるし、何より心の準備ができる。
午前8時15分、ついにターゲットが動いた。幸恵は兄の部屋のドアが開く音、次いで廊下を歩く気配を感じる。そして、幸恵は気合を入れ直し、根性見せろ!と自らに言い聞かせる。作戦決行だ。
さりげなく、だが颯爽とリビングに登場しよう。
ドアを開けてリビングへ向かう。リビングのドアの前で一つ深呼吸をする。
ドアを開けて、若干モデルウォークを意識しながら入室してお兄ちゃんの方を向く。あとは挨拶だ。
「おはよう、おにい・・・」ちゃん、と続く前に母の笑い混じりの声があがる。「あんたその顔どうしたのよ!?朝からどんな化粧してんの!?」母親は爆笑一歩手前の笑い方をしている。
私は、うろたえつつ「いいじゃん!化粧ぐらい!」と反論する。
おかしな化粧だったのだろうか?ちゃんと雑誌のモデルを参考にしたのに・・・。やはり朝から化粧は失策だったか?
目立たないようにしたつもりだったけど、同じ女の目線からすればガチガチの化粧だったのか。お兄ちゃんにも変に思われたのでは?
グルグル回る思考はお兄ちゃんの一言で沈静化する。
「さっちゃんは化粧なんてしなくてもかわいいよ。」
お兄ちゃん・・・。お世辞でも嬉しいよ。涙が出そうだ。
とりあえず、化粧は落としてこよう・・・。
トボトボとリビングを後にして私は洗面所で化粧を落とす。そしてやるせない気持ちを抱えてリビングに再びそそくさと入る。
「ほら、やっぱりさっちゃんはノーメイクでもかわいいよ」と、お兄ちゃんが言う。
かわいい?私が?お兄ちゃんはお世辞が上手だなぁ、と乾いた笑いが出そうになる。
私から出る沈んだ空気を感じ取ったのか、化粧をからかった母からもフォローが入る。「そうそう、幸恵は若いんだから!化粧なんていらないって!」
そうっすか。と、ソファーに座りやさぐれているとお兄ちゃんが私の隣に寄ってきた。
「肌もすべすべだし、目もぱっちり。かわいいよ」と言って私の頬を軽く撫でた。
それだけで私の気分は最高の状態まで上り詰める。
そうだ、お世辞でもなんでもいいじゃないか。お兄ちゃんに構ってもらえるならなんだっていい。
気を取り直した私はお兄ちゃんに今日の予定を聞いてみる。
「お兄ちゃんは、今日はどこかに出かけるの?」
お兄ちゃんは、「あとで本屋に行こうかなって思ってるけど、それぐらいかな」と答えた。
本屋か。ついていきたいところだけど、お兄ちゃんだって一人で買い物したい事もあるだろう。ここは淑女らしく大人しく家で待っていよう。
私は、「じゃあ、それ以外は家にいる?」と聞く。
「うん、そのつもり」とお兄ちゃんは答える。
これはいい傾向だ。あとは野球中継観戦に誘うだけだ。
「じゃあさ、一緒に野球中継見ない?解説するからさ」なるべく自然に言えたつもり。さあ、どう来るか?
お兄ちゃんは、あっさりと「いいよー。野球はあまり詳しくないから、教えて欲しいな」と、言ってくれた。
よし!最高の日曜日ゲットの第一歩は踏み出した。
朝食を終えると、私は部屋の掃除などをするべく動き出した。
ほどなくして、お兄ちゃんが本屋に行ってくる、と母に言っているのが聞こえた。しばしの別れだけど、我慢、我慢。
掃除を終えて、スマホで今日の野球中継の対戦カードについて調べる。鯉のチームは赤いヘルメット、製菓会社のチームは黒いヘルメットね。オーケー。先発は・・・、赤ヘルが前田。黒ヘルが石川か。エース対決と言って差し支えない。
解説はバッティングよりも投球術とかをメインにすることになりそうだ。
今日は母さんも家にいることだし、リビングで見ることになりそうだ。できれば私の部屋が良かったけど、母さんにも少しは配慮してあげないと、今後のお小遣いに響くからね。お兄ちゃん、早く帰ってこないかなぁ。
一方その頃、勇気は本屋へと向かっていた。集めている漫画の新刊が出ているはずだ。道中、やはり視線がちらほらと自分に向けられるのを感じる。
これがこの世界の普通なのだと理解はしているものの、やはりまだ気恥ずかしいのが抜けない。
目的の本屋に到着し、店内に入っても強い視線を感じる。ここは早く買い物をしてしまって退散しよう。
新刊コーナーに向かい目当ての本を探すが見当たらない。
仕方ないので店員さんに聞いてみようかと、カウンターにいる店員さんの方を振り返る。すると視線がバッチリと合う。こちらをずっと見ていたのかな?仕事、ちゃんとして下さいね。
少し固まってしまったけど、店員さんに声をかける。
「すみません、探している本があるんですけど」
軽く微笑んで言うと、カウンターにいた女性店員は「は、はい!すぐに参りますのでお待ちください!!」と叫ぶように答えると、僕の背後に殺気をはらんだ視線を送った。何事かと振り返ると、いつの間にいたのか数人の店員が僕の背後から様子を伺っていた。
思わず身を引いてしまうと、カウンターから来た店員さんが、「お客様のお探しの本は、わたくし!わたくし北嶋が!お探しいたします!ささ!どうぞこちらへ!」
ぐいぐい来るなぁ、名前を覚えて欲しいのか。今度来たら名前を呼んでみようかな。などと考える。
「本日はどのような本をお探しですか?」と、満面の笑みで聞いてくる北嶋さん。
その間も他の店員さんが本の陳列を直したり、補充をするために動いているが、一つの本棚にそんな人数をかけなくてもいいんじゃないかな?と思う。
中には「あ、すみません。ここに注文された本があったような、なかったような」と言いながら僕の足元にある本棚の引き出しをわざとらしく開け閉めする店員さんもいる。その間、やけにクンクンと鼻を動かしていた。
北嶋さんは、そんな同僚たちの行動をスルーして再度僕に話しかける。「新刊の漫画ですか?タイトルは分かりますか?」
僕は、目当ての漫画のタイトルを伝える。すると、北嶋さんは「ああ、1日違い・・・げふんげふん!いや、探してみますね、もしかしたら平積みコーナーから本棚に行っちゃったかもしれないですし。」
僕は、1日違いって言ったよな?と思いながら北嶋さんについて行く。
北嶋さんは、明らかに時間稼ぎをしているような動き方をしていたが、あまり時間をかけすぎると出来ない店員だと思われると危惧したのか、「ああ、すみません!本の配送の問題で入荷は明日でした!勘違いしてしまって、すみません!」と、若干棒読みの台詞を言う。
僕は、「そうなんですか。丁寧に探してくださってありがとうございます」と、なるべく引きつらないように笑顔を送る。
北嶋さんは、頬を染めながら、「いえ、そんな・・・」などとモゴモゴ言っている。
僕が「じゃあ、明日また来てみますね」と言うと、北嶋さんは満面の笑みで「はい!お待ちしております!ぜひまたわたくしにご用命ください!!」と元気よく見送ってくれた。
目当ての本は手に入らなかったので、コンビニで母さんとさっちゃんにお土産を買って帰路につく。




