第18話 映画館デート
前の話を読み返すと齟齬が出てきます。そのうち直します。
昨夜は興奮からか夜中に何度か起きたにも関わらず、幸恵は頭も身体もとても軽いことに驚く。小学校のときの遠足ですらこんなに好調な目覚めではなかった。
お兄ちゃんとのデートは11時出発。電車で15分で中心街に着くので、ファストフード店が学生や子供でごった返す前に食事を済ませてしまえるだろう。
昨日、美容室でしっかりと髪型をキメてもらったので今日はシャワーを浴びた後も楽だ。あとは、服装。変なところは無いかな?お兄ちゃん、気に入ってくれるといいな。
さて、準備完了だけど、出発までまだ2時間もあるぞ。ここは心を落ち着けるために瞑想でもしようか。やりかたあんまり分かんないけど。・・・うーん、全然落ち着けないぞ。仕方ない、リビングでコーヒーでも飲んでようかな。
リビングに行き、ニュースを見ながらコーヒーを飲んでいると、お兄ちゃんが起きてきた。
「おはよー、さっちゃん。早いねぇ」「・・・、もしかして、準備完了?」お兄ちゃんが少し驚いたように言う。
私は、「お、おはようお兄ちゃん!本日はお日柄もよく!わたくし、早起きしてしまいました!」と奇妙な返事をしてしまった。
お兄ちゃんは、「そうなの?それじゃ、僕も準備してしまうから、出来次第出かけようか?」と言ってくる。
私は恐縮してしまって、「いいよ!お兄ちゃんはゆっくり準備して!」と慌てて言う。
しかしお兄ちゃんは、「早く着けば色々見て回ったりできるし、早く出よう。」と言ってくれた。嬉しすぎる。
「お兄ちゃんが良ければ是非!」とここはお兄ちゃんの提案に甘えてしまう。
「オッケー!じゃあ、すぐに準備しちゃうからね」
待つこと15分。
「さっちゃん、お待たせ!」お兄ちゃんの声がした。リビングの入り口を見ると、いつもよりもっと素敵なお兄ちゃんが微笑んで立っていた。足の細さが際立つスリムフィットのデニムがセクシーだ。それでいて上に羽織ったクリーム色のシャツが清潔感も出しており、いやらしくならないようにしている。清楚系セクシー男子・・・と心の中で最高にニヤつく。
「ぜ、全然待ってないよ!お兄ちゃん、すごく、その、あの、素敵な服装、だね」お兄ちゃんは世界最高に素敵だよ。とはとても言えず、とりあえず服装のことを褒めておく。その言葉も言い慣れないので吃りながらだったけど。
お兄ちゃんは、「ほんと?ありがとう。嬉しいな」と、ほんとに嬉しそうだ。
「それじゃ、出発する?」とお兄ちゃん。
私は早くお兄ちゃんと二人きりになりたかったので全く異存はなく、「うん!」と即答した。
お兄ちゃんは電車通学だから、駅までは何となくお兄ちゃんが先導するような感じになった。その道すがら、少しずつ会話をする。学校のこと、好きな本のこと、音楽のこと。殆どお兄ちゃんが私に質問して、私が答えて、お兄ちゃんにおうむ返しのように同じ質問をする。全く、とんだエスコートだ、と自虐的な気持ちになる。でもお兄ちゃんが楽しそうにしてくれてるし、こっちも嬉しい。特に盛り上がったのは音楽の話だった。今まで知らなかったけど、お兄ちゃんが聴いている音楽の中に、私の大ファンのバンドの名前が出てきたのだ。私は嬉しくなって、どの曲が好きか、とかいつかライブに行ってみたい、とか色々話すことができた。お兄ちゃんがオルタ好きだとは思わなかったな。もしかしたらメタルとかもいけたりして。まあ、好き嫌いが分かれるジャンルだし地雷だったら嫌だしまた今度話してみよう。
駅に到着するまでの間、すれ違う女性たちはお兄ちゃんのスリムなパンツをニヤついた表情でチラ見してくる。いつもなら不快な気分になるところだけど、今日はデート。少しだけなら見てもいいですよ。
ただ、いかにもスケベそうなOLさんが、すれ違った後に振り返ってお兄ちゃんのお尻の辺りを凝視していたのはさすがに怒りが込み上げてきて、思わずキツイ視線をOLに送ってしまう。OLは慌てて目を逸らすとスタスタと早歩きで去っていった。お兄ちゃんを正面から見られるだけでも眼福だと思うことだね!と心の中で叫ぶと、私はまた隣にいるお兄ちゃんに意識を戻した。
お兄ちゃんが突然、「さっちゃんっていつもカッコいい服を着てるね」と笑顔で言ってきた。私は盛大に照れながら「そ、そうかな。一応、気は使ってる方・・・かも」と答える。見てくれの良くない女はせめてファッションだけでも気を使わなければ。
お兄ちゃんに褒められて舞い上がってしまい、駅に到着するまでなんだかフワフワと歩いてしまった。
駅構内は昼間ということもあってあまり混雑していない。これなら電車も空いてるだろう。お兄ちゃん、座席で密着しても怒らないかな。多少混んでた方が密着できたかな、などと考える。
そうこうしているうちにホームに電車が滑り込んできた。特に混んでない。少し残念だ。
電車の座席に座ると、お兄ちゃんと周囲に迷惑にならない程度の音量で会話をする。主に今日観る映画のことだ。出てくる俳優のこと、音響効果がすごいみたい、とかそんな感じのことを話しているとお兄ちゃんは興味深そうに耳を傾けてくれる。
あっという間に電車は目的地に着いてしまった。楽しい時間は過ぎるのが早すぎる。
お昼ご飯に丁度いい時間までまだ1時間ある。中心街のデパートなどもチラホラと開店し始めているし、お兄ちゃんにどこか行きたいところがあるか聞いてみた。
お兄ちゃんは、本屋に行きたいんだけど、いいかな?と聞いてくる。お兄ちゃんの好みを知ることができるかも、もちろん私はOKした。
やってきたのはビル全体が丸ごと本屋になっている出版社の自社ビルだ。さて、おにいちゃんはどこのコー
ナーに行くのかな?着いて行くとウザイかな?などと考えて少し離れ気味になってお兄ちゃんの様子を伺う。なんか、着いていっても良さげな雰囲気。
お兄ちゃんは、最初に専門書コーナーに足を運んだ。なんだか難しそうな本・・・。目当ての物がなかったのか、お兄ちゃんはすぐに雑誌コーナーに移動する。その間も、「つき合わせちゃってごめんね」と言ってくれる。私は「全然気にしないで!重いものない?私が持つよ!」と良いところを見せようとするけど、お兄ちゃんは笑いながら「大丈夫だよ、今のところ目当てのものもないし」と答える。そして、「それより、さっちゃんは何か見ておきたいものとかないの?」と聞いてきた。私は「私は特にないよ!お兄ちゃんと一緒にいたいな」と自然を装って答える。よし、今のは良いアピールになったのでは!?
お兄ちゃんは「ありがとう。じゃあ、あとは小説のコーナーを見たら出ようか」と、ビルの三階にある小説フロアに向かった。
お兄ちゃんが熱心に眺めているのは、小説をあまり読まない私でも分かる有名作家のコーナーだ。今度、お兄ちゃんに借りて読んでみようかな・・・。
「お兄ちゃん、その作家さん好きなの?」と聞くと、お兄ちゃんは「うん、文章が読みやすいし比喩表現とかストーリーも面白いよ」と答えた。お兄ちゃんのお気に入りか・・・。私も適当に手にとってパラパラと眺めてみる。確かに読みやすいし、タイトルも何となく興味を惹かれる。面白いかも。ネタバレしないように、数冊の冒頭だけ読んでみると、ほとんどの作品で主人公がビールを飲んだり、パスタを作ったり食べたりしていた。お酒好きな作家さんなのかな?
お兄ちゃんはお目当の小説が見つかったのか、レジに向かう。レジの店員がお兄ちゃんの顔を一瞬呆然と眺めた後、何事か話しかけていた。最後に、なんか手を握りこんでなかったか?
お兄ちゃんが戻ってきたときに聞いてみると、ポイントカードを作るかとか、オリジナルの栞はいかがですか、とかいろいろお勧めされた末に、連絡先と覚しき紙切れを渡されたらしい。あの店員、何てことを!
私は憤慨して文句を言おうとレジに向かおうとする。お兄ちゃんは大したことじゃないから、大丈夫だよ!と私を制した。私が「でも・・・」と、泣きそうな顔でお兄ちゃんを見ると、お兄ちゃんは「そんなにホイホイと連絡したりしないよ」と苦笑した。
私はなんとか納得したが、やっぱり兄がナンパされるのは良い気分ではない。中心街ではお兄ちゃんから目を離さないようにしないと!
もっとテンプレな話をダラダラ続けます。