第13話 放課後 妖精探し その1
視点やらなんやらバラバラになってきてます。今後に活かしていきたいです。
放課後、部活のある生徒は部活に、帰宅部は帰宅、それぞれに動き始める。
校庭では運動部の準備が始まり、文化部、特に吹奏楽部は存在感のある基礎練習の音が鳴り響く。放課後を象徴する雑多な音だ。
帰りになにを買い食いしようか、どこに寄ろうか、などと話しながら歩く生徒たちの中に少し奇妙な動きをする者がいた。周りをせわしなく見回し、帰るでもなく、部活に行くようでもない。彼女たちは、「妖精探し」をしているのだという。「一年生にとてつもなく可愛い男がいる」「妖精のよう」「教室に行くと先生に怒られるので通りがかりを狙って、一目だけでも見たい」と、口々に言う。妖精とはもちろん勇気のことだ。
以前、入学した生徒の中に勇気を見つけた三年の生徒が、勢い任せに勇気に話しかけに教室へと押しかけたことがあった。その時にはゴミを見るような目と、先生からのキツいお叱りがあったため、三年生でもおいそれと教室付近に張り付くことができないのだ。
今の勇気本人は特に避けているわけでもないし、話しかけられると嬉しいのだが、授業が終わると同時に先生から雑用の手伝いを頼まれたりするので、少しだけ他の生徒の帰宅とズレる。姿を見かけないことでプレミア感がますます上がり、最近では「妖精を探してるようなものだ」と言われるまでになった。
そんな中、幸運に恵まれた生徒がいた。
「失礼しまーす」と、気の抜けた挨拶をして職員室を出る童顔の少女。身長は160センチにわずかに届かない程度で、その童顔と相まって中学生にも間違われることもある。本人は身長が低いことを気にしており、もう一度成長期が来ないものかと儚い希望を抱いている。身長が高ければ、女らしい筋肉のついた体つきであったら。顔には少し自信があるから、あとはほんとに体つきだけなんだよなぁ、とモテない身を嘆く。
職員室での用事を終えて、さて帰ろうかと廊下に出ると職員室の斜向かいにあるコピー室から小柄な人影が出てきたところだった。
最初はこの学校にも小柄な奴がいるんだな、自分より小さいやと思ったのだが、人影の顔を見た瞬間、彼女の思考は停止してしまう。そして、「妖精・・・」と呟きが漏れてしまう。
一目見てわかった。この子が噂の妖精ちゃんだ。よくよく見なくても分かるほど綺麗な顔立ちをしている。小柄な体だが、きちんと男の子の体つきだ。
思わず見惚れてしまっていると、妖精ちゃんが声をかけてきた。
「あの、大丈夫ですか?」
よほど凝視してしまっていたのか、少し心配そうにこちらを覗き込んでくる。かわいい。なにか、なにか話さないと。一年生と三年生だ、少しぐらい失礼があってもなんとかなるだろう。威厳を、三年生の威厳を・・・
「そ、あ、は、はい、大丈夫でしゅ」
なんなんだ私は。何のために今日まで生きてきたんだ!何のために恋愛テクニックを磨いてきたんだ!主に妄想だけど。失地挽回しなければ、ええと、なにか話さなきゃ!
「一緒に、一緒に帰ろうか、ふへへへ」
おかしいな。スピーカーが壊れてるのかな?キリッとした表情で「最近は暗くなるのも早くなっているし、君さえよければ家の近くまで送るよ。どうかな?」と爽やかに言ったはずなのに。これは完全に引かれたな・・・。見える、一年生の教室で「昨日スゲーキモい奴がいてさー、マジ引いたわー、ゲラゲラ」と嘲笑する姿が。男の子様の話題になれるだけマシか・・・。私の人生のクライマックスはとんだピエロだったんだな、と泣きそうになっていると、とんでもない声が聞こえた。
「いいですよ」
あれ?スピーカーだけじゃなくてOSまで誤作動起こしてんのかな?幻聴が聞こえる。
「はい?え?あの、ほ、ほんとに?」何を幻聴に対して真面目に答えているんだ、これ以上火傷する前に、彼の前から消えないと!ともつれる足を叱咤して踵を返しながらしどろもどろに答える。すると、「ええ、いいですよ。一緒に帰りましょう、えーと、すみませんがお名前を教えてもらってもいいですか?」
妖精は天使でもあるのだろうか?こんな幸運、人生で一度あるかないかだ!男の子に自分の名前を言う。将来使うとしたら、恐らく鉄道警察隊の事務所で痴漢をした角で引っ立てられた時の身元確認だろう。
このチャンス、逃すことはできない!出てこい、ありったけの女子力!
「3年の丸山暁美です!宜しくお願い致します!」就職活動の練習みたいになってしまったけど、さっきよりはかなりマシだ、と思いたい。
妖精ちゃんは「丸山先輩ですね。僕は1年の立木勇気です」と、可愛い声で答えてくれた。一瞬で脳を蕩かす声。ああ、もうこれで満足だよ。それじゃ、そういうことで・・・とそそくさといなくなられても私は笑顔で見送れるだろう。いいんだよ立木くん、こんなキモい先輩に気を使わないで。
しかし、また立木くんは天使の言語を繰り出してきた。「先輩はどちらの方向なんですか?一緒の方向だとちょうどいい感じですよね。」これは、本当に、帰ってくれるパターン?千載一遇のチャンス!ここは立木くんの方向を聞いて、「私もそっちだよ」という作戦だ「立木くん、 は、ど、どっちの方向?」なんとか聞けた。さあ、彼はどう出る?
「僕は駅前方面に向かいます。電車通学なんですよ」よし、これに乗っかろう。
「私も駅に行く方向だよ!ちょうどいいね!」少し食い気味に答えてしまったが、上出来だろう。
それにしても、男の子と一緒に帰る。こんなことが現実にあるんだなぁ、とぼんやりと考えてしまう。しかもこんな美少年と。少しでも仲良くなれたらいいなぁ。付き合う、なんて大それた事は考えられない。顔見知りだというだけでクラスメイトその他に自慢して回れるほどなんだし。頑張ろう。
フワフワとした思考で足取りもおぼつかない私に、立木くんは笑顔で「じゃあ、帰りましょうか」と促す。
天使だな、本当に。二人で歩きながらそんなことを考える。今後につなげるために、少しでも立木くんに気に入ってもらえるようにしないと。必死で話題を考える私に、立木くんが話しかけてきた。
「先輩も、先生に用事を頼まれたんですか?」
私は立木くんの顔をまともに見られなくて、まっすぐを向いたまま答える。
「うん、そうなの。頼まれやすいように見えるらしくて」
「僕も用事だったんですよ。最近、よく頼まれるんですよ。特に菅田先生に」
あの魔女め。美少年趣味との噂だったが実行しているとは。職権濫用というものではないのか。
密かに憤慨していると、立木くんがさらに続ける。
「先輩は優しそうに見えますし、頼みやすいんじゃないですかね。」
・・・優しそう。女としてはまあ、沽券にかかわる事だが立木くんに好印象を与えられるならこの際なんでもいい。