第11話 スポーツ観戦 幸恵視点 その2
いよいよ、お兄ちゃんとのスポーツ観戦が始まった。今日は海外サッカー、スペインの超有名クラブ対中堅クラブのリーグ戦だ。
サッカーは基本的には点数が入りにくいので、熱心に見ているファンやプレイヤー以外だとけっこうつまらなく見えてしまう可能性がある。その点、今日の中継の組み合わせはいい。攻撃力を売りにしているチームに、その攻撃を受けきれるだけの戦力はないチーム。これならどちらも守りに入ったガチガチのロースコアゲームにはならないだろうし、有名クラブの方には華麗なテクニックを駆使してドリブル突破をしかけたり、パスを繋いであっさりとゴールを陥れる戦術も取れる。見た目がド派手に見えた方が、面白い。
今日はとにかくお兄ちゃんとの接点、これからの展望のために、飽きさせることだけはないようにしなければ。それに、もしお兄ちゃんがテレビに釘付けになってくれれば、もしかしたらユルいTシャツから胸元を覗けたり、匂いを嗅いだりできるかもしれない!うん、頑張らなきゃ!!
「さっちゃん?さっちゃん!」
・・・、呼ばれていた。私は慌てて思考を現実に持ってくる。
「匂いかいでないっス!誤解っス!」私の不埒な考えがばれたのかと慌ててまた意味不明なことを言ってしまった。
「匂い?なんのこと?」
幸い、お兄ちゃんはそれに気づかなかったようだ。今度こそ妄想から帰ってこないという失態は避けなければ。
「なんでもないよ!ところで、なにかな?お兄ちゃん。分からないことがあったら何でも聞いてよ!私はスポーツでもなんでも詳しいよ!」
ちょっとハードルを上げてしまったかもと思ったけど、ここはどんどん攻めていかないと!
「さっちゃん、中継、始まったよ。」
テレビを見ると、競技場に続々と選手たちが入場してきている。両チームがピッチに揃ったところで、スターティンメンバーの顔写真が大まかなデータと一緒に画面に映る。ここでまずは注目選手をお兄ちゃんに教えて良いところをみせよう。
「この、背番号7の選手が今世界でもトップクラスの実力と人気を持ってるんだよ!サッカーが上手くて背が高くて美人なんて、天は二物も三物も与えるもんだよねー。」僻み半分で解説する。
お兄ちゃんは、「へえ、確かにカッコいい顔してるねぇ。さっちゃんの方が可愛いと思うけどね。」と、さらりと私の脳を蕩かせてくる。
こっちが先手を取るはずが見事に返り討ちにあった。お兄ちゃんは天然か意識してやっているのか知らないけど、女殺しだ・・・。
一瞬で天まで昇ってしまったような気がするけど、とにかくお兄ちゃんとの時間を、ギリギリまで堪能するんだという鋼鉄の意思を持って、サッカーに視線を戻す。試合は序盤から有名クラブの白いユニフォームがピッチを蹂躙している。守勢に回った緑のユニフォームのチームは何度もゴールを脅かされたがGKがビッグセーブを連発して、前半は両チーム無失点で終わった。お兄ちゃんは、7番の華麗なプレーを見て、何度も息を呑んでいた。テレビの中、しかも遠い場所にいる女にこれほど嫉妬したことはなかった。この感嘆と、尊敬の視線が私に向いたなら、と思わずにはいられない。
前半戦が終わり、ハーフタイムに入る。お兄ちゃんは白のユニフォームの7番、クリスティーナにすっかり夢中になってしまったようだ。私に色々聞いてくる。
「ほんと、7番の人凄いよね!フェイントかけるときも、面白いぐらいに引っかかるね!それにとにかく足が速いよね!」
「うん、そうだよお兄ちゃん。クリスティーナはドリブルから強烈なシュートも打てるし、ヘディングなんかも、腕を伸ばしたGKより高い打点で打てるんだよ!」そう説明すると、お兄ちゃんは「すごいねぇ、あんなに簡単にディフェンダーを抜けるんだ」と感心しきりだ。
さすが世界一のプレイヤーでプレイガール、ここにも夢中になってしまった人ができたよ・・・。
サッカー中継はハーフタイムに入り、ニュース等に切り替わる。この時間はけっこう暇なのでお兄ちゃんを飽きさせないようにしないと。と、思っているとお兄ちゃんから「さっちゃんの一番のお気に入りのチームはどこ?この白のユニフォームのチーム?」と質問された。
「私は、ここのチームも好きだけど、一番のお気に入りはイングランドの北にあるチームかな。最近は低迷してるけど、一時期は優勝争いにも顔を出すぐらいいいチームだったんだよ」
お兄ちゃんは「へえ、そうなんだ。そのチームの試合も見てみたいな」と、笑顔で話してくれた。
・・・今度、お母さんに有料サッカーチャンネル契約のお願いをしてみよう・・・
会話はまだ続いた。お兄ちゃんはとても私を気遣ってくれている。とても嬉しい。
「さっちゃん、スポーツの他には何かハマってるものある?」
うーん、ハマってるもの・・・、さすがにBLマンガ収集です!なんて言えないし、ここは無難なところを・・・。「映画を見ることかなぁ」と答えておく。
すると、お兄ちゃんは「映画かぁ、僕、しばらく見てないんだ。さっちゃん、今度一緒に観に行こうよ」と言ってくれた。あれ?また妄想の世界に飛んでたのかな?・・・いや、そんなことはない、はず。お兄ちゃんと・・・映画?
デッ、デート、デートだぁ!私は、うえ?え?は?と挙動不審になっていると、お兄ちゃんは少しガッカリしたように、「やっぱり兄妹で観に行くのは嫌かな?」と言ってきた。
私は慌てて、「そんなことないよ!とっても行きたい!」と答えた。お兄ちゃんと・・・デート・・・。
その後、サッカーは白のチームが一気に得点を取って、4対0で勝利を収めた。お兄ちゃんは、すごい試合だった!おもしろかった。と満足気だった。
私はお兄ちゃんとスポーツ観戦しただけでも感無量なのに、今度は映画に行く約束まで取り付けもう魂が抜けたようになっていた。