第10話 スポーツ観戦 幸恵視点 その1
もっとテンポよく書きたい。
時は来た!それだけだ!
私は喉元までせり上がってきているのではないかと思うほどに存在を主張している心臓を落ち着かせるために、何度も深呼吸をして自分を奮い立たせる言葉をつぶやく。
お兄ちゃんとスポーツ中継を見る。たったそれだけのこと?と言われそうだけど、私にとっては14年間生きて来たうちのクライマックスなのでは、というほどのイベントなのだ。お兄ちゃんと二人きりで何かをする。これほど素晴らしいことが他にあろうか。家の中とはいえ、これはデートだろう。うん、デート。
さっきまでの緊張が、少しだけ薄れると今度はニヤニヤと頬が緩むのを止められない。鏡で確認してみる。・・・うん、不審者そのものだ。これではお兄ちゃんが警戒してしまうかもしれない。今後もお兄ちゃんとの良好な関係を続けていきたいので、淑女感を出していこう。
服装、清潔なデニムパンツに白のカッターシャツ。この日のために少ないお小遣いをやりくりして新調したのだ。お兄ちゃん、気に入ってくれるといいなぁ。
部屋の掃除、よし!変なものは一つも落ちてない!見られて困る物は二重三重の偽装をほどこして隠蔽。よし、完璧だ。あとはお兄ちゃんをスマートに自分の部屋に誘うだけだ。
その時、玄関から「ただいまー」と、声がした。その声を聞いた瞬間、私の思考はスマートからかけ離れた。
「お、お兄ちゃん!時は来た!それだけだ!さあ、私の部屋に行こう!さあ!」と、不審者全開のトークを展開してしまった。ああ、もうダメだ・・・。スポーツ観戦どころか、もう口も聞いてもらえないかもしれない。
しかし、お兄ちゃんは泣きそうになっている私にやさしく話しかけてくれた。
「あはは、さっちゃんたら、そんなに楽しみだった?僕もさっちゃんとテレビ見るの楽しみだったんだよ。着替えたら行くから待っててね」
ああ、お兄ちゃん・・・本当に変わったんだなぁ。やさしくてかっこよくて。部屋に戻って少しだけ泣いてしまった。嫌われなかった安堵感は、すぐに邪な思考にシフトしていった。お兄ちゃん、どんな格好で来るのかな・・・、露出の多い服だといいなぁ、えへへ。
またもニヤニヤとしてしまう。いかんいかんと顔をキリッと引き締める。
五分後、部屋にノックの音が響いた。・・・キタ!キタキタキター!私は震える手でドアをあけ、お兄ちゃんを迎え入れた。
お兄ちゃんは、部屋着にしている深緑のチノパンと上は少しだけサイズの大きなTシャツという格好だった。お兄ちゃんの生足を堪能できないのは少し残念だけど、Tシャツは期待が持てる。もしかしたら胸元が見えるかも・・・。
そんなことを考えていると、お兄ちゃんが戸惑ったように「さっちゃん?えーと、入ってもいいのかなぁ?」と問いかけてきた。
しまった。妄想に夢中になりすぎたか。私は慌てて「ど、どどどうぞ」とまた不審な受け答えでお兄ちゃんを部屋に招き入れた。
お兄ちゃんは、「飲み物持ってきたよ。レモンティーしかなかったけど、大丈夫?」と言ってくれた。
なんたる迂闊!!お兄ちゃんが来るのだから、飲み物やお菓子を用意しておかないと!なんて気の利かない奴なのだ、私は!
出だしからつまづいてしまったけど、お兄ちゃんの優しさに私はすでに夢見心地で、うん、うん、とか気の抜けた返事しかできなかった。なんとか、巻き返さないと。