ブタになるとか聞いてません!
カンカンカンっと、鉄製の階段をルロロは駆け上がる。
「オーディーさんっていうんだー。
えへへー♪」
ルロロはそう呟いてはにかむ。
「文化的生活とは縁薄そうなタイプですが。
ルロロさんはああいうのが好みなんですか?」
彼女の肩に乗っている猫が、突然、人の言葉でルロロに問いかけた。
やや呆れた表情だ。
「ワイルドな人がいいんです。
理想なんですっ」
きゃっ、と桃色の悲鳴をあげて、ルロロがうっとりと笑む。
「理解しかねますね」
「リビィさんはわかってないんですよ」
二人……否、一人と一匹はエントランスを出た。
倒壊寸前のビルが並び、高速道路として使っていたであろう高架がへし折れ、地面に着いている。空は淀んだ雲に覆われて、空気すら不浄に感じられた。
ルロロの居た世界と同様のビル街や市街地が、絵に描いたように荒廃した世界を見て、彼女は「うわー」と引き気味の声をあげた。
大規模戦争後を舞台にしたアニメがこんな感じの背景だった。
世紀末がどうのこうのというやつだ。
その向こうから、土煙を上げてリザードマンの群れがやってくる。
「こういう世界で永久就職ですか。
感服します」
リビィがニヤニヤと嫌味を言う。
「そうは言ってませんよ。
でもほら。
『危うくなったら、大声で呼べ!』……とか、キュンときません?」
「特にきませんねぇ」
「畜生に同意を求めた私が馬鹿でした。
あ。私ちゃんとネコかぶれてました?」
ルロロはくるりとまわる。
学校制服のスカートをひるがえし、自慢のツインテールをなびさせた。
「ええ、そりゃあもう。猫の僕のお墨付きです」
いっそう呆れた顔でリビィが言った。
「よし。つかみはおっけーですね」
そう言うと、彼女の表情は一転した。
「……でもま、強すぎる女の子は減点モノかもしれませんけどねー」
敵を見据える。
戦い慣れた、勇気と警戒心の入り交じる瞳に変わっていた。
「アルス・マグナへの適合率は?」
「46%強。マナ・ディスペンサーもウロボロス回路がうまく働いてないからそのくらいです。何が起こるかわかりませんよ」
ルロロの問いかけにリビィが返事する。
「なんとかなりますよ」
周囲を圧巻させる殺気を纏い、ルロロは手に持つ巨大な杖……『エリクサー』を振りかざす。
そして目の前にある状況に、
『彼女の世界の常識』をねじ込むべく、
短く唱えた。
「フェンリルランサー」
するとエリクサーが一瞬輝き、酷く機械的な男性の声が応答する。
『ready』
ルロロは次の言葉を紡いだ。
「創着ッ」
『Make it to equip!』
オォォォォンッ!!
咆吼が空を割り、巨大な狼が現れルロロの背中に食らいつく。
そして狼は全身から閃光を放ち、周囲を光沢で白く染め上げた。
……それが止むと、ルロロは『変わって』いた。
氷結した西洋風の鎧を纏い、手には凍てついた槍と化したエリクサーがしっかり握られている。
これが彼女の『常識』である。
「いきますッ!」
ルロロが槍を構えるとその征くべき場所を指し示すように、地面が凍結し、氷の道が発生する。彼女はその上を、スケートリンクの如く高速で滑走し、敵の真っ直中に突撃していった。
恐れを知らないリザードマンの群れも、異変に気付き一瞬躊躇したが、もう遅い。
懐にはすでに氷の化身である少女が潜り込んでいた。
ルロロは槍でなぎ払うと、十数匹の敵がまるでガラス細工のように砕けていく。
アイスバーンは留まることを知らず、次の獲物へ、次の獲物へとルロロを急かすように導いてゆく。
リザードマンも茫然とやられているわけではない。
不可思議な力を操る少女に、我先にと飛び掛かった。
だがそれはいずれも叶わなかった。ルロロは彼らが考えるよりずっと戦い慣れていて、リザードマンの動きに合わせ、攻撃こそ最大の防御、といった調子に一撃必殺を繰り返し放つ。
「あと精々三十匹。
この調子でいきましょう」
肩に乗るリビィに促され、ルロロはさらに速度を上げた。
正面の敵を一突き……っ、
「ん?」
エリクサーが槍から杖に戻ってしまった。
下腹部を撃たれたリザードマンはうずくまるが、それが徐々に大きくなっていく。
……違う、逆だ。
ルロロが小さくなっていくのだ。
「え、え、え……えーーーーーーっ!?」
予想外の出来事にルロロは悲鳴をあげた。凍結した地面を余力で滑走し、なんとか立ち止まると、鏡のように反射する氷で自分の姿を確認した。
コインほどの大きさの、楕円の鼻。キラキラした瞳。
三角形の耳には赤いのリボンが付いている。
なにより四足歩行のころころとした姿が最大のショックだ。
……ルロロはあっという間に、コミカルな『ぶたさん』に変身してしまった。
「な、なにこれぇぇぇぇぇ!?」
悲鳴が絶叫に変わる。直後に鼻から息が吹き出し、意図せずして「ぶひっ」と音が鳴った。
「ルロロさん、上っ!」
「ぶひっ!?」
未だ頭の上にいるリビィに警告され、ルロロは我に返る。
ここは戦場の真っ直中なのだ。
もちろんこの機を逃すリザードマンではない。奴らは状況には頓着せず、目の前の小動物を打ち砕くために斧を振り下ろす。
「ぶひぃぃっ!」
ルロロはなんとかそれを避けると、泣きながら逃走を始めた。
「いやぁぁぁぁ、なにこれなにこれなにこれなにこれっ!?」
ぶぅぶぅ喚きながら、叩き付けられる数十本の斧を蛇行しつつ回避する。
「こんなのいやぁぁぁぁ!
おーーーでぃぃぃさぁぁぁぁんっ!!」
「掴まれッ!!」
オーディーが颯爽と現れ、ルロロを抱きかかえる。
そしてエア・スクーターというらしい飛行マシンのスロットルをいっぱいまで捻った。
「このまま振り切る、しがみついてろ!!」
「しがみつくってひづめでどうやって、
……きゃぁぁぁぁーーーーーーっ!!」




