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A・R・N


 ふらつく足取りで、瓦礫の上を歩いていた。

 体の節々が痛むが、幸い、ほとんどが疲労によるもので傷は浅い。

 無数に思われた敵を切り裂き、数時間にも及ぶ死闘の末、オーディーは生きていた。

 だがもうここまでだ。助けを呼ぼうにも無線機は壊れている。

 体力の限界から意識は朦朧としていて、すでに足に力はない。

 隠れ家まではたどり着けないようだ。

 倒れてしまえば、いつかエイリアンに見つかり、その場で殺されてしまうだろう。

 あるいは、奴らに知恵があるかどうかしらないが、捕まって拷問の類にかけられ仲間の居場所を吐かされるか。

「どちらにせよ、おしまいか……」

 そのときは自決する覚悟はある。どうせついさっき捨てた命だ。

 そんなことを疲労しきった脳裏で考えて、オーディーはひとまず建物の中に隠れた。

「……そういえば、このあたりの探索はしたことがないな」

 ここら一帯は、エイリアンの出現頻度が高い。

 やつらの居ない場所を選んで暮らしているオーディー達にとって、ここは防衛ラインであり、常に戦場だ。

 故に、生まれた時からこの廃墟の街で暮らしているオーディーも、この辺に何があるのか詳しくは知らなかった。

 オーディーは地下への道を見つけ、できるだけ下へ下へと潜っていく。

 すると、割合にきれいな部屋に出た。

 無数のパイプが天井に連なり、何も写していないモニターが数台、壁に取り付けられていた。部屋の奥には、オーディーの体より二倍ほど大きな卵形の機械が、配線を接続したまま佇んでいた。何かの実験室だったのだろうか?

(使える武器でもあるかも知れないな……使う機会はなさそうだが)

 オーディーは自嘲気味に笑んだ。そろそろ本当に限界だ。

 謎の装置の陰に隠れるように、体を預け、ままよ、オーディーはここで睡眠を取ることにした。




 暖かい。いつまでも微睡んで居たいような、そんな甘い暖かさ。

 ……こんな安心感は何年ぶりだろう……。

「……っ」

 オーディーは目を見開いた。

 あるはずのない安らぎが、逆に彼に違和感をもたらし、警戒を促したのだ。

 武器を構え、あたりを見る。

 自室じゃない……そうだ、自分は疲れ果てて、ここに迷い込んで……。



「あの~……、おはようございます?」

「っ?!」



 オーディーを、一人の少女が覗き込んでいた。

 煤けていない白い肌、見慣れない服装の少女。

 球体の付いた、少女と同じ高さほどの杖を持っていて、肩には子猫のような小動物をのせている。

 オーディーは一瞬強張ったが、どうやら敵ではないようだ。

「えっと……? 君は?」

 立ち上がって尋ねる。オーディーは覚えのない毛布で護られていた。目の前の彼女が施してくれたのだろうか。

「桐原ルロロって言います。あ、言葉、通じてますよね?」

 妙な事を言う少女だ。オーディーは通じると頷き、

「ここは君の隠れ家だったのか?」

 と続けて尋ねた。

「いえ、全然違います」

 ルロロは右手を左右にシェイクして、真っ向から否定する。

 頭の両脇からすらりと伸びた、艶のある髪がつられて揺れた。

「むしろここがどこだか知りたいぐらいですが」

「……?」

 どこか、お互いの問いかけに食い違い感がある。

 オーディーが訝るような顔で考え込むと、ルロロもそれを見て取ったのか、若干の情報の多い彼女から話を始めた。

「えぇーっと、まず、これ読めますか?」

 そう言って数枚の紙の束から一枚を開き、オーディーに委ねる。

「A・R・N……」

 文字は苦手だが、多少は大人達に習った。

 ……彼らは自分たちを残してすぐに死んでしまったが。

 オーディーは紙束を辿々しく読み上げる。

「『アナザーリングナビゲーション。異界への扉。

 いるべきはずのない者への道しるべ』」

 表題までは読解できたが、それ以上は、単語こそわかるものの、オーディーの知る言葉の使い方ではない。

「……すまない、これ以上は読めなさそうだ」

 なんとなく理解できない事もないが、彼女は適当な答えを望んではいないだろう。

「あ、いえ、いいです。だいたい予想通りなんで」

 ルロロはそう答えて、「ふぅ」とため息をつき、側にあるあの卵形の機械を見上げる。




「ちょっと変な話しますけど、あんまり驚かないで聞いてくださいね?」

 オーディーの相づちを確認して、ルロロは話を続ける。

「これは異世界から人間を召喚する機械です」

「……イセカイ?」

「こことは違う世界……えと、外国より遠い国だと思っていただけます?」

「よくわからないが、とにかく、遠いところなんだな」

「そうです。私はそこから来ました。

 どうも、この機械を通ってきちゃったみたいです」

「この、卵形の機械か」

 つまり、ルロロはとんでもなく遠いところから、卵形の機械のせいでここに迷い込んでしまったということか。

 入り込んだ時、この部屋は無人だったはずだ。と、すると。

「……俺のせいか……」

 おそらく側で眠りこけている間に、スイッチか何かに触れてしまったのだろう。

「あー! いえいえ、そんなにへこまないでください!」

「いいや、すまない。……こいつの動かし方を調べよう。

 君を元の国に帰さなくては」

「ううんと、それが叶えばいいんですけど……」

 言い辛そうにしてルロロが何かのメーターを示す。

 残量は0。

「くそ」

 吐き捨て、オーディーは立ち上がった。

「俺の住み家に行こう。俺は機械は専門外だが、仲間に詳しい奴が居る。

 そいつならなんとかなるかもしれん」

「あ、だったらこっちに良さそうなのがありましたよ」

 そう言ってルロロとオーディーは別室に向かった。




「エアスクーターか。いいのがあったな」

「動かせますか?」

「やってみよう」

 フロントをひっぺがし、エンジンキーの配線を短絡させる。

 スターターを入れると、マシンは宙に浮かんだ。

「やりましたね!」

 そうルロロが歓喜の声を上げた途端、しゅんっとエンジンは停止してしまった。

「あー」

「久々に動かしたとすれば、上々だ。

 少し時間をくれ。やれるかどうかわからんが直してみる」

 オーディーがそう言って機械に取り付いた時、突然ルロロの杖が発光した。

「どうした?」


「……警報です。トカゲ型の兵士が大勢こちらにやってきます」

 どうやって情報を得ているのか、ルロロが言う。


「エイリアンだ……奴ら、俺たちを嗅ぎつけたな」

 刀を取り出し、力むオーディーだが、

「いえ、私一人でどうにかしますから、バイクの修理をお願いします」

 と、ルロロが制した。

「何を言ってるんだ。奴らをなめるな!」

「大丈夫です」

 にこっと、ルロロは笑顔を見せた。

「こう言うの、慣れてますから」

「……?」

 ルロロは微塵も恐れを感じさせない笑みを向けて、オーディーを戸惑わせた。

「あ、そうだ!」

 途中、そんなことを言いながらルロロが振り返る。

「……まだ名前、聞いてませんでしたね」

 そう言えばそうだ。

「オーディーだ。

 危うくなった、大声で呼べ!」

「……」

 今度はルロロが呆気にとられた表情をしたが、……少しして、

「はいっ!」

 と明るく答えて、彼女は再び駆けだした。


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