自分の失敗に気づきました~桜宮視点~
「うーん、やっぱり書き直そうかなあ」
何度も書き直したメールの文面を前にまたため息を吐いた。
篠山君は家の方針で今年いっぱいガラケーだから、ラインの確認は家にあるパソコンでやっているらしい。
だから、すぐに確認ができるメールをしようと思ったのに、なかなか文面が決まらない。
本当は新学期に入ったら、ちゃんと話そうと思っていたのだ。
だけど、篠山君、休み時間や放課後は本当に忙しそうだし、朝早く来ようにも安静言い渡されて、ゆっくりしか歩けないせいで思うようにいかない。
今日もいつもより20分早く出たのに、いつもの歩道橋を通るルートではない違う道を通るとやっぱりギリギリになってしまった。
でも、捻挫を治さないことには、ダンスの約束なんて絶対断られてしまうから、頑張らなきゃいけない。
だからこそ、せめてメールでと思ったのだが。
『篠山君へ
生徒会のお仕事お疲れ様。
夏休み前は、変に拗ねてしまってごめんなさい。
もう、怒ってません。
忙しいと思うけど、もし良かったら、文化祭一緒に回らない?
後夜祭のダンスの約束も、楽しみにしてます』
書いた文面を見直して、やっぱり変な気がしてきて、また、文面を消す。
実は私はメールやラインの類がちょっと苦手だ。
友達とも必要最低限しかやったりしない。今時珍しいとはよく言われる。
面倒くさいとかじゃなくて、なんだか寂しい気分になるから苦手と、自分でも不思議に思う理由だったのだけど、前世の記憶が戻ってから納得した。
前世で入院した時、友達や親せきは最初は沢山お見舞いに来てくれたけど段々と頻度は減って、次第に何か行事やイベントがあった時にメールがくるのが大半になった。
皆、忙しいし仕方ないよねって思ってたけど、それでも『忙しいからごめんね』の文章がのったメールはすごく寂しくて。
段々とメールを確認したり、返事をしたりするのが嫌になって、携帯ゲーム機ばっかりいじるようになった。
だけど、思い出してからは、ちょっとずつラインなどの頻度を増やすように頑張っている。
何というか、理由が分かったからこそ、今は違うんだから頑張らなきゃなと思うのだ。
やってみたら、やっぱり友達との会話は楽しいし、やってみて良かったなと思っている。
もっと慣れたら正彦君ともメッセージのやり取りしたいなと思っていたのだけど、ちょっとすれ違ってる今こそ送るべきタイミングのはずだ。
だけど、やっぱり、毎日話しかけるのも勇気がいるけど、メールやラインは文面が見直せてしまう分、更に緊張してしまう。
だけど、仲直りしたいなら勇気を出さなくちゃいけない。
送信ボタンを押そうとして、また動きが止まる。
「明日は金曜日だし、明日ちゃんと話せなかったら、絶対送ろう……」
足も治ってきたし、明日はお父さんが学園近くまで送ってくれるかもだから、久しぶりに朝に普通の時間に行けるかもなのだ。
遅刻寸前じゃなかったら、前みたいにおはようの挨拶とかをして、そして、普通に話せるはずだ。
そう思って、何度も書き直したメールを下書き保存のフォルダに入れた。
次の日、お父さんが約束通り車で送ってくれたおかげで、少し早く学校に着けた。
いつも通りだったら、正彦君がそろそろ登校してくるはずだと、そわそわしながら教室のドアを見つめる。
あんまり待ってもいないのに、正彦君が来た瞬間、思わず席から勢いよく立ち上がってしまった。
結構、大きな音が出て、周りがこっちを見てくるのがちょっと恥ずかしい。
当然、正彦君も音に気が付いていて、目を丸くしていた。
赤羽君は正彦君の後ろでちょっと呆れた顔をしている。
「はよ、桜宮。今日は早いな。なんか勢いよく立ち上がってたけど、足大丈夫か?」
「うん、おはよう、正彦君……。足は治ってきたから平気です、ちょっと立ち上がるの失敗しちゃって」
「いや、それは大丈夫じゃなくないか?」
うう、恥ずかしい…!
だけど、この流れなら、いっそいける気がしてきた。
今朝はこれ以上、恥ずかしくはならないはず!
「でも、治ってきたから、平気だよ。この感じなら、後夜祭にはすっかり治ってるはず」
「お、良かったじゃん!」
「うん、ご心配おかけしました。正彦君達は生徒会のお仕事、すごく忙しそうだね。お疲れ様。当日もやっぱり、忙しそう?」
すごくなんてことない会話なのに、久しぶりに話せてるだけで嬉しい。
こういうとき、やっぱり好きだなあと思う。
ついテンションが上がって、文化祭の話最初にしちゃったけど。夏休み前のことで拗ねて態度悪かったこと謝って、ダンスのことも話さなきゃ。
そんな風に思っていたら、正彦君はちょっと考え込むように上を見つつ話しだした。
「うーん、どうだろ。生徒会の仕事は、当日分はなるべく少なくなるようにしてるけど、まあ、当日次第だし。あとは、同中の奴らが来るから、その案内ちょっとやるくらいかな。ちょっとはクラスの出し物に顔出せると思うぞ」
……ああ、やっぱり当日も忙しいよね。
そして、出遅れたせいで、先に予定が入ってしまっている。
同中の奴らかあ。夏祭りで会ったグループの子たちかな。
あの時にも会った恋のライバルである渚さんを思い出して、ふと、嫌な想像が頭に浮かんだ。
「そっか。……同中の奴らって、夏祭りで会った子達?」
「あー、そう言えば、桜宮も会ったことあったな。そうそうあのグループ。渚から同中学の時のメンバー誘って、来るってメールあったんだよ」
その言葉に自分でも思ってた以上の衝撃があった。
顔に出てしまっていたようで、正彦君が不思議そうな顔でこちらを見る。
「桜宮? どうかしたか?」
「ううん、何でもないよ。当日、正彦君も楽しめればいいね」
「ああ、そうだな」
「それと、夏休み前、長いこと感じ悪くてごめんね」
急に変わった話に正彦君が目を瞬かせた。
「え、いや、俺の方こそ、本当にデリカシーなくてごめんな」
「ううん、そんなことないよ。私の方こそごめんね」
そこでチャイムが鳴った。
ダンスのことは話せてないけど、今はむしろありがたい気分になる。
「チャイム鳴っちゃったから、もう席戻るね」
「え、ああ。そうだな」
「うん、じゃあね」
正彦君の顔をあまり見ずに、席に戻る。
机の木目を見ながら、湧き上がってくるのは、さっきとは比べ物にならないくらいの恥ずかしさだ。
渚さんの存在はちゃんと知ってた。
彼女が私の知らない正彦君を知ってて、私よりも先に正彦君を好きなことも。
それなのに、勝手に拗ねて、この一月くらい距離をとった。
だって、なんだかんだ言って、私が正彦君に一番近い女の子な気がしていたから。
同じクラスで、ちょっとしたことでお喋りして、いつも優しくて、困ってた時には頼ってもらえて、後夜祭は一緒に踊ろうって約束してた。
ちょっと拗ねたくらいじゃ、距離は開かない、大丈夫って、そう思ってた。
だけど、その間に渚さんは正彦君と連絡とって、私より先に文化祭に誘ってた。
違う学校だけど、私が苦手なメールで、正彦君と話してたんだ。
自分が調子に乗ってたことが、本当に実感できる。
そうだよ、取られちゃうよ。だって、まだまだ、全然私の片思いなんだから。
拗ねて距離を置いたあの時間が、本当にどうしようもなく馬鹿に思えて、拗ねてたことを謝った。
そうしたら、本当にサラッと、普通に謝れてしまって、猶更自分が恥ずかしく感じる。
そもそも、ダンスのことだって、私はずっと覚えてるけど、大切だけど。
あんな話の流れでサラッと言っただけのこと、正彦君にとっては忘れちゃうようなことかもしれないんだ。
ちゃんと話せた、謝れた、多分仲直り出来た。
なのに、昨日よりも不甲斐ない気持ちで一杯な気持ちから目を逸らすように、何も考えずに黒板の内容をノートにつづった。