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珍しく普通にアドバイスでした



 あれから数日、本当に夏休み目前という所まで来てしまった。

 掃除当番で割り当てられた廊下の掃除。あまり人が通らないのを良いことに、こっそり耳にイヤホンを入れて、音楽を聴きながら掃除をする。

 流しているのは、最近、ずっと聞き続けているフォークダンスで流す音楽である。

 リズム感を鍛えるためにはというネットの記事には、音楽をよく聴くのが重要とどれを見ても書いてあったので暇があれば聴いているのだが、……ぶっちゃけ言って全然上達しないのは何故だろう。辛い。

 また、大きなため息が口から零れた。

 前世からの苦手意識は中々に根強くて、正直嫌で嫌でしょうが無いが、桜宮にこれ以上迷惑をかけるのは避けたい。

 遠慮無く頼ってくれて良いと、言ってくれたが、それに甘えてばっかじゃ駄目だと思うし。

 気持ちを切り替えて、掃除を再開する。所定の場所の掃き掃除は終わり、後はゴミを集めて捨てるだけで、今日の掃除は終わりだ。生徒会の仕事もあるし、さっさと終わらせてしまおう。

 そう思って、同じく掃除当番のクラスメイトに声を掛けようとした所で、右耳からイヤホンが抜けた。

 あれ、どっかに引っかかったかと思った所で、耳元にフッと息が吹きかけれる感触と共に笑いの含んだ声がした。


「こーら。生徒会役員が堂々と校則違反は頂けないわよ~」

「うっわあ!?」


 背筋にぞわっと寒気が走って、慌てて飛び退く。

 振り返ると予想通り、いつものように悪戯気に笑っている茜坂先生だ。

 

「なんかあったか、篠山? あっ、かおるちゃん先生じゃん!」

「はいはい~、かおるちゃんです。保健室戻る途中で、生徒会役員の校則違反見ちゃったから声掛けちゃった」

「あー、そうですよね。駄目ですよね、やっぱり。俺は止めたんですけど!」

「違う違う、お説教じゃないわよ~、これくらいで怒んないってば。生徒会関連の用事あったから、篠山君借りたいなあと思っただけ。掃除終わったら、ちょっといい?」

「あー、どうぞどうぞ、もう終わる所だったんで。かおるちゃん待たせるなんて、とんでもない!」

「そう? ありがとね~」


 俺の声に気付いて振り返ったクラスメイトは、茜坂先生を見た瞬間、デレデレとして、流れるように俺を売った。

 茜坂先生は、普段は気さくで、明るい美人先生ムーブを徹底しているから、男子生徒から人気が高い。男子だけでの恋バナになると大概、名前が出る。

 確かに色っぽい美人の保健医とか、男子高校生の夢だし、俺もあの腹黒面を知らずに呑気に騒げる側に居たかった。


「じゃあ、篠山、これもらうわ。早く行け」

「いや、あとちょっとだし、これ終わってからでも」

「馬っ鹿! かおるちゃんのお誘いとか俺が超羨ましいんだから、はよ行けや! そんで、後で詳細聞かせろ!」


 ちょっとだけ後回しにできないかと思って言ってみたが、効果なし。

 諦めて、苦手なにこにこ笑う茜坂先生に向き直る。


「ごめんなさいね。屋台の衛生管理の件なんだけど、書類に目を通し終わったの。これから持って行こうと思ったんだけど、篠山君ついでだから持ってってくれない?」

「はい。勿論、持って行きますよ」

「じゃあ、保健室に来てくれない? あ、イヤホンはちゃんと、ポケットにしまってね」

「…はーい」


 苦手なダンスのことで気が重いのに、更に苦手な人とバッティングとか、厄日である。

 保健室で頼まれた書類を渡され、さっさと退出しようと思った時、にっこり笑った茜坂先生が口を開いた。


「そう言えば、今年、キャンプファイヤーの時にフォークダンスするんだってね」

「はい、そうですね」

「いいね~、青春って感じ! 所で秘密特訓の成果は?」


 世間話からいきなりぶっ込まれて、ちょっとむせそうになる。

 うん、なんで知ってんの。だから、嫌なんだよ、この人。


「…お恥ずかしながら、全然上手くいってませんよ」

「そうなの? 篠山君、運動神経良いのに。あ、ひょっとして、桜宮さんと二人だから緊張しちゃって、とか?」


 からかいを含んだ声で、楽しそうに笑って言われたその言葉。

 俺は、思わずポカンとしてしまった。


「あ、そうですね。それもあるんですかね。…でも、折角付き合ってくれてる桜宮にそんな事言ってられないから、頑張らなくちゃですね」

「……ん?」


 言われた言葉にそれもあるのかと思いつつ頷くと、茜坂先生の顔が何とも言えない微妙な顔に変わった。

 頭を抑えて、上を向き、そして、据わった目でこちらに向き直った。……急にどうした。


「ねえ、本気で言ってるの、それ? あなた、健全な男の子として、可愛い女の子と触れ合ってドキドキするとかない訳?」

「いや、そんな事考えてるよりも、真面目にやんなきゃ、桜宮に失礼でしょうが。それに、桜宮好きなヤツいるみたいだし、そういう風に見るのは無いですよ」

「あー、うん、成る程……これは、中々に筋金入り。気の毒に」


 呆れかえったようなため息を吐いて、向き直る。


「まあ、いいわ、切り替えましょ。今、どんな感じなの? 人居ないし、音楽流して良いから、ちょっとやってみてよ」

「え、いや、俺、生徒会の仕事あるんで、もう行きますよ」

「掃除早く終わったし、良いでしょ。ほら、アドバイスあげるから、早く」


 やたらと強い押しに、これは早くやった方が早いなと諦める。

 何というか、この先生、俺にやたらと絡んでくるよな。


「じゃあ、やりますけど。俺一人だし、いつも以上に酷いと思うんで、あんまり笑わないでくださいね」

「あら、お相手やるわよ」

「あ、クラスメイトに恨まれそうなんで、良いです。じゃあ、流しますね」


 最近聴きすぎて耳に残ってしまった音楽に合わせて、動き出す。

 動きは簡単だから、大丈夫なんだけど、問題なのはタイミングだ。

 覚えてる通りにステップを踏んで、次のジャンと言う音の所で、ターンを……あれ、なかなか聞こえないな。

 あ、今か。やっばい最初から、思いっきりズレたぞ。

 えっと、次は…

 こんがらがりそうな頭で必死に音楽を追い、短い音楽の終わりまで、酷いながらも何とか動きをなぞった。

 ラストの音を聞いて、音楽を止めるボタンを押す。

 この先生のことだから、なんかニヤニヤしてそうだ。桜宮とか真剣に練習に付き合ってくれてるヤツなら良いけど、茜坂先生に笑われるのはちょっと嫌だな。

 そう思って、茜坂先生に向き直ると、口元を抑えて、ちょっとそっぽを向いていた。

 うん、案の定か。


「はい、やったんで、アドバイスお願いしますね!」


 やけくそ気味にそう言うと、パッとこっちを向く。


「あ、ごめんなさいね。……その、リズム感酷いわね」

「そうですね!」


 どこかぎこちなく笑いながらのその言葉に、勢いよくそう返すと、困ったように微笑まれる。


「ああ、からかってる訳じゃないのよ。ごめんなさいね。篠山君、その事、結構気にしてるでしょ。端から見てても、体に力入って、がっちがちよ。気負いすぎなのよ。もうちょっとリラックスしなさい」

「リラックスですか?」

「ええ、断言するけど、絶対気負いすぎ。練習の時も周り見えてないわよ、それ」


 その言葉に目を瞬かせる。

 確かに早くどうにかしなきゃと思って気合い入れまくってが、そこまでヤバいのだろうか。

 桜宮には言われなかったけどな。


「桜宮はそんなこと言って無かったですけど」

「ああ、うん、成る程ね。だから、もうちょっと落ち着いてみなさい。男子と距離近いとか、結構緊張するわよ。相手がガッチガチだと尚更ね」

「はあ」


 ……緊張ね。桜宮、そんな感じあったっけか?


「もしかしたら、昔、そのことですごくからかわれたとかあるのかもしれないけど。桜宮さんって、そういうことする子じゃないでしょう? 特訓に付き合ってくれた時、なんて言われたの?」

「……今までも色々と手伝ってくれたから、遠慮無く頼ってと」

「ほらね。良い子じゃない、大丈夫よ。……あなただって、普通の男子高校生なんだから、苦手な事の一つや二つあるわよ。気にしすぎないの。色々と経験して、楽しみなさい」


 そういう茜坂先生の表情は、いつもこちらをからかうような笑顔じゃなく、労るような柔らかい笑顔だった。

 それに目を瞬かせていると、にこっといつも通りに笑う。


「はい、それじゃ、生徒会あるんでしょ。お仕事頑張りなさい」

「あ、はい。アドバイスありがとうございました」

「はいはい~。篠山君も大変そうだけど、違う理由で大変そうな生徒会メンバーにも頑張れって言っておいてね」

「あー、はい。それじゃあ、失礼しました」


 俺はダンスが度下手ということで、苦労しているが、貴成とかは早くも誘われまくって、ウンザリしている。

 つーか、貴成もマジ大変そうなんだよな。

 あれはあれで気の毒である。

 書類を抱え直し、生徒会室に向かう。

 ふと、そう言えば、今日はあんまりからかってこなかったなと思った。



書籍発売カウントダウン二日目。

今日のキャラクターデザインは、黄原君、紫田先生、茜坂先生です。

是非活動報告でご覧ください。

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[気になる点] リズム感うぃ養うのに音楽を聴けとは? [一言] メトロノームをつかった練習もせずにリズム感どうこういうのは九九とか暗記しないけど数学嫌いとかレベルの怠惰なのでは?
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